インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第202号

ガルフストリーム・コマンダー(JA860A)  所有者:アジア航測  実質定置場:八尾空港

2011年10月3日に東京ヘリポートで撮影した時はこのような塗装だったのに、いつの間に毎日新聞社の取材機になったの?

ビーチクラフトG58(JA51UK)  所有者:君が淵学園  定置場:熊本県菊池郡菊陽町

この機体はヒコーキジャーナル200号にも掲載した機体で、たぶん当日熊本に帰っていきました。


次は4月19日撮影分です。

製造者をフィンメカニカと書いたのは初めてで、AW169という機種を見たのも初めてだろうと思います。

2005年2月15日に撮影した同機ですが、当時はCBC中部日本放送取材機でした。

AH-1S(73478)  第5対戦車ヘリコプター隊(明野駐屯地)

この機体は着陸することなく、ホバリングだけして飛び立っていきました。 帰宅後73478号機をアルバムソフトで検索してみると・・・

AH-1S飛来!

B-29模型

仙台駐屯地直近の苦竹駅横にあるキオスクですが・・・

31156号機よさらば また会う日まで!

撮影終了後に操縦席に布を被せていました。

見学者がいなくなったので、まずドアが開いた状態を撮影。

桜まつり終了時刻の15時を過ぎたので見学者はいなくなったかなと思い展示場に戻ってみましたが、まだ見学者の列は短くなっていませんでした。

74式戦車

仙台駐屯地の真ん中を走る道路がその道路です。

隊員によると防衛館から正門まで700mあると言っていたので長さは800mはあると思われ、小型機であれば離着陸訓練はできたでしょうね。

機種は何でしょうね? 高翼・尾輪式で昭和22年に飛んでいたとのことでL-5かL-16のどちらかでしょうか?
エンジン冷却口やエンジンエア吸入口の数や位置などから私はスチンソンL-5と思います。
この写真を見た後に外で、私が思うにどこかの大学教授とゼミの学生と思われる団体の大学教授と思われる方が仙台駐屯地を説明していたので聞いてみると、仙台駐屯地の中心にある道路で昔は航空機が離発着訓練をしていたと説明しており、話の中に入り聞くと・・・

UH-1Jのホイスト訓練はあまりやっていないだろうから、救出担当隊員は緊張したでしょうね。

説明板

OH-6Dの隣には空襲警報サイレンを展示しています。

私は全国の博物館などに行っていますが空襲警報サイレンは撮影した記憶がなく、とても珍しい展示だと思います。

31156号機を現役時代に撮影しているか調べたところ、フィルム・デジタル共に撮影していませんでした。

陸上自衛隊仙台駐屯地です。 なお、この門は正門ではなく北門とのこと。

仙台空港駅の改札前で「仙台空港鉄道十年の歩み」という写真展示をしていました。

4月20日にオープンということで既に完成しているが、壁により隠しているとのこと。

テイクオフ!

窓からAMXのATR-42-600(JA01AM)を撮影できました。

ERJ-190のL1ドアに機体番号刻印プレートはありませんでした。

1981年4月8日撮影写真ですが、奥にはANAの格納庫が2棟とTDAの格納庫がありました。

このMRJ模型は以前も掲載しましたね。 ANAは納入遅延のための損害賠償を申し出るそうですが、MRJはいつ就航できるのでしょうね?

このような多くの人が集まる展望デッキになるのか・・・

増築部分の屋上に展望デッキを作らなければ、伊丹空港の展望デッキからの撮影は非常に制限された場所からのみの撮影となってしまうでしょう。

このように大規模な増築工事を行っており、以前はターミナルビル屋上のほぼ端から端までエプロンや滑走路を見渡せることができたのですが、今は大部分の場所からは見られなくなっていました。

TOP

◎ 航空事故ニュース

2017年4月15日11時20分ころ、島根県松江市の宍道湖で水上飛行機が離陸に失敗、搭乗していた2名に不詳はないとのこと。
事故機はセスナT206H(JA007P)で、事故ニュース動画を見るとほぼ水没しており、フロートは外れていました。たぶん抹消登録されると思われます。

アエロスパシアルAS350B(JA9441)  使用者:毎日新聞社  実質定置場:羽田?伊丹?  愛称:あおぞら

セスナT207(JA3719)  所有者:共立航空撮影  定置場:八尾空港

当日は何度も離発着を繰り返しており、知人によるとこの時期毎年八尾に飛来し訓練を行っているとのこと。

ヒコーキジャーナル200号で3月24日分までお伝えしていると思いますので、今号では4月4日分と4月19日分をお伝えいたします。
まずは4月4日分です。

◎ 八尾空港NOW

防空壕

これも電動でしょうね。

建物に入った1階ロビーの風景

仙台駐屯地北門を出てホテルに向かおうと思いましたが、まだ時間があるのでもう1ヶ所行くことにしました。

次にドアを閉めた状態で撮影。

松島航空祭の時に通る仙石線の野蒜駅看板を真っ直ぐに戻すアメリカ陸軍兵士。
この写真を見ると、硫黄島の擂鉢山を攻略した後に頂上に星条旗を立てるアメリカ兵の写真を思いだします。
ところで説明に米陸軍兵士とあるが、日本にはアメリカ陸軍の部隊はほとんどなく、韓国から派遣されたのかな?

OH-6D(31156)で、SKと書かれていることから最後の所属部隊は航空学校霞ヶ浦校だったことがわかります。

1985年1月25日撮影の写真ですが、左のANAの格納庫はB-727くらいまでの整備を行っていたと記憶しています。

伊丹空港北側のエプロンですが、昔はこの上にも展望デッキがあっていい撮影ポイントだったのですが、いつの間にか閉鎖されてしまいました。

このようになるかは関西エアポート株式会社にかかっています。

今回の旅の行く先は宮城県で仙台空港に向かうのですが、基本LCCが飛んでいる空港に向かう場合LCCを使って旅行の経費を抑えているのですが都合のいい時間帯に出発便がなく、伊丹空港からJ-AIR便を使用しました。

2017年4月15日から4月17日まで宮城県に行ってきました。
今回の旅も数号に分けてリポートしていくつもりですがまもなく次の撮影旅行が控えており、今号のみでこの旅のリポートが終わったり、すべてをリポートできなかったらすみません。
北朝鮮情勢が緊迫してきた時の旅でありどうなることかと思いましたが、天候もよく、特に見たい3か所の場所はすべて取材できましたので、私としては充実した旅となりました。
それでは編集を開始します。

◎ 2017年宮城県撮影旅行 No.1

なお、クエストコディアック100の水陸両用機についてはもう1機トラブルがあったとも聞いていますので、US-2といい、水上からの離着水は危険が多いのでしょうね。
周りを海に囲まれている日本ですのでこれらの事故にめげず、便利な水陸両用機が飛び回るようになっていただきたいと思います。

2016年5月13日に八尾空港で撮影したJA02TG号機。

レシプロエンジンの水陸両用機は岡山航空のセスナT206H(JA101Y)だけになったと思われ、少しさびしいですね。


続いてターボプロップ水陸両用機の事故ですが、2017年3月24日15時59分ころに大分県別府市の別府国際観光港付近でクエストコディアック100(JA02TG)も離水しようとして機体を損傷しました。
離水せず桟橋に引返し、胴体とフロートとの間の支柱折損と胴体の損傷を発見したとのことです。

私が最後に撮影したのは2016年2月8日に八尾空港で、とうとう飛んでいるところは撮影できませんでした。

セスナ172S(JA40UK)  所有者:君が淵学園  定置場:熊本県菊池郡菊陽町

ロビンソンR44Ⅱ(JA725Y)  所有者:大阪航空  定置場:大阪航空日野ヘリポート

2017年3月31日に新規登録されたバリバリ新しい機体で、数日後には静岡県に向かいました。

アグスタA109E(JA110A)  使用者:奈良県警察  定置場:奈良県警察本部航空隊格納庫

セスナ172S(JA41UK)  所有者:君が淵学園  定置場:熊本県菊池郡菊陽町

ビーチクラフトA36(JA4041)  所有者:個人  定置場:八尾空港

どこかに飛んでいきました。

燃料補給をして・・・

CH-47JA2機が飛来(52974・52977)。

31280号機は以前中部方面ヘリコプター隊や第3飛行隊に所属していましたが、私が八尾で最後に撮影したのが2011年9月で、久しぶりに八尾駐屯地配備になったのかもわかりません。

中部方面ヘリコプター隊のOH-6D(31280)とOH-6D(31312)のツーショット写真。

OH-6D(31312)  第5対戦車ヘリコプター隊(明野駐屯地)

この機体はヒコーキジャーナル198号に掲載したOH-6D最後のIRANを受けた機体で、第6飛行隊(神町駐屯地)に2016年8月に再配備されたはずだが、第5対戦車ヘリコプター隊に所属が換わったのでしょう。
第5対戦車ヘリコプター隊所属機であればこれからよく見られるでしょうから、最後のOH-6Dになる可能性もあるので、これから撮影していきたいと思います。

当日もJA05TV号機が離発着を繰り返していました。

東京消防庁のEC225が八尾空港上空を通過して東に飛んでいきました。 神戸のエアバスヘリコプターズで定期整備を終えたのかな?

セスナT206H(JA43KA)  使用者:共立航空撮影  定置場:北九州空港

この機体は前号(ヒコーキジャーナル201号)にも少し掲載した機体で、愛称は「あかつき」となっています。

フィンメカニカAW169(JA04AP)  所有者:朝日新聞社  定置場:東京国際空港

2013年6月14日に撮影した写真ですが、垂直尾翼に「オントップ」と書き入れられました。

ビーチクラフトA36(JA3815)  所有者:個人  定置場:八尾空港

名古屋空港は離発着が多いので、比較的離発着が少なく運航所がある八尾空港で訓練を行なっているのでしょうね。

ベル430(JA05TV)  所有者:中日本航空  定置場:名古屋空港

UH-1J(41854)  所属部隊不明

この機体はフィルム・デジタル共に初撮影の機体で、部隊記号は書かれているのですが拡大しても読み取れず、ⅩあるいはⅨと書かれているように見え、明野の第10飛行隊の可能性が高いかな?

最後に撮影したのが2014年8月3日で、なんと千歳航空祭で撮影していました。 部隊記号を見てみると帯広駐屯地の第1対戦車ヘリコプター隊となっており、最近第1対戦車ヘリコプター隊から第5対戦車ヘリコプター隊に所属が換わったのでしょう。

原爆による被災品(広島平和記念資料館からの貸与品)


以上で4月15日にリポートを終わります。
最初にお伝えしたように4月・5月・6月と取材旅行が続きますので、この旅の取材内容をすべて掲載できない場合もあるかもわかりませんので、その時はどうもすみません。

今で言う核シェルターですね。 最近売れているらしく、これからは必需品になるかもしれませんね。

説明板

このサイレン発見時の新聞

今の時代でも東日本大震災の時に津波の襲来時にサイレンがけたたましく鳴っている映像があり、サイレンにより命拾いした方も多いと思うので、現代でも必要な物でしょうね。
私の住む街でも最近は聞かないが、火災があると消防団員に知らせるためかサイレンが鳴っていました。

サイレン

仙台駐屯地で展示しているような空襲警報サイレンではなく、正午の時報を知らせるサイレンであるが、戦争中は空襲警報などにも使われたと説明板に書かれていました。

仙台市戦災復興記念館風景

展示室入口

展示室は半地下のようなところにあり、少し下ります。 展示室の下の階にも展示ホールと案内板があり、展示室を見た後に展示ホールを見るために降りてみると警備員がいて、「ここは貸しホールです」とのこと。
展示ホールと書いていれば何か展示しているのではないかと思うので、これもわかりにくい表示です。

ここで入室料120円を払ってから入室するのですが私はわからず先に見学してしまい、出る時に支払いました。
チョットわかりにくいですよ。

開館時間は17時までで、16時30分までに入場しなければいけないところ16時17分頃入場しました。 ぎりぎりセーフ!

次に行ったのは、仙台市青葉区にある仙台市戦災復興記念館です。

閉まっており、6時50分から14時までの営業で、土・日・祝日は休業とのこと。 大阪では考えられないな~。

隙間からほこりが入るので、見学者が来た時に座席にほこりがたまっていないようにしているのでしょうね。

撮影中、隊員が近くで何か布を持って立っているな~と思っていたのですが・・・

しかたなく防衛庁銘板だけ撮影し、機体警備の隊員にドアを閉めたところの撮影をお願いして了承を得て、桜まつり終了時刻は過ぎていましたが見学者がいなくなるまで待つことにしました。

近くで子供の歌と踊りをしていました。

ここにUH-1Hでも展示が始まればまた行きたいと思いますので、広報担当の方よろしくお願いします。

部隊記号から、退役時の所属部隊は第10飛行隊(明野駐屯地)だったことがわかります。
当日はこの5枚しか撮影しておらず、今なら1機に対して30枚は撮影するでしょうね。 展示機はいつ処分されるかわからないので、見た時は必ず撮影しておきましょう。
この機体を撮影した時はやさしい広報担当の方がいて、飛行機が好きなら霞目駐屯地の見学をすればいいと霞目駐屯地に連絡してくださり、翌日霞目駐屯地の見学もできました。
もう12年もたっているので仙台駐屯地広報担当にはおられないと思いますが、遅ればせながら感謝の言葉をお伝えしたいと思います。 ありがとうございました。

今はOH-6Dを展示しているので、このOH-6Jはスクラップ処分されたのでしょうね。

2005年3月24日に撮影したOH-6J(31077)。
まさしくこの場所に以前はOH-6Jが展示していたことがわかりました。

61式戦車

次は防衛館の前で展示している戦車の撮影を撮影したのですが、実は仙台駐屯地を訪れるのは2回目で、前回は2005年3月24日に訪れていて、当時戦車を置いているこの場所がOH-6Jが置かれていた場所ではないかと思いながら撮影しました。

仙台駐屯地と霞目駐屯地が比較的仙台駅と近いことがわかります。

滑走路があることがわかり、708m×30mの滑走路で、この長さでLR-1を運航できたのですね。

平成21年6月撮影(震災前)の仙台市周辺の航空写真がありました。

まほうびん
私が子供の頃は魔法瓶はどこの家庭にでもありましたが、今は死語になってしまいましたね。

防衛食
こんな弁当であれば、今の中学・高校生なら5個は必要でしょうね。 何やら骨壺にも見えるような・・・(笑)。

子供の頃によく読んだ太平洋戦争の本にようく出ていた「大発」の模型がありました。 アメリカ軍で言う上陸用舟艇ですね。

今は道路横の樹木が大きくなったしこういう物が出来ていて離発着訓練はできません。
こんなに幅が広く長い直線道路が残っているので、仙台駐屯地は戦前・戦中は飛行場だったのではないかと思い調べてみましたが、東京第一陸軍造兵廠仙台製造所とのことで飛行場ではありませんでした。

OH-6Dや防衛館の横にあり、北門と正門をつなぐこの道路で離着陸訓練をしていたとのこと。

昭和22年に仙台駐屯地内で航空機がタッチ&ゴーを行う写真がありました。

東日本大震災災害派遣の概要
やはりこの地震は国内観測史上最大のマグニチュードだったのですね。

C-1(38-1003)による輸送写真。
奥には土が盛られているように思えるので、被災後だいぶ後の松島基地かな?

機体は41853号機かな?
41853号機だとしたら、私は2010年と2012年に中部方面ヘリコプター隊の部隊記号が書かれた41853号機を八尾駐屯地で撮影しているので、中部方面ヘリコプター隊が派遣され救出を行った写真かもわかりません。

UH-1Jにホイストを装着しての救出写真。

東日本大震災災害派遣の写真を展示していました。

OH-6Dの左側面のクリアーな写真を撮ろうと待つも、次から次に操縦席に座ろうと見学者の方が来るため、隣にある仙台駐屯地の資料館である防衛館の見学をしました。

電動でサイレンを回すのかな?

左操縦席に座れるようになっていて、左側面のクリアーな撮影は難しいです。

展示しているOH-6Dです。

見たいものは駐屯地北門を入ってすぐのところで展示しています。

桜まつりで駐屯地が開放されており、15時までの開放のところ、14時12分に到着しました。 セーフ!

ここで・・・

仙台駅を経由し、行った場所は・・・

のんびりしているわけにはいきません。 次の場所に行かなければなりません。

17日に乗ったタクシー運転手によると、3社で10数台のタクシーが仙台空港で被災したとのこと。

気になる写真はこれらの写真です。

1階フロアーの津波後の被害状況を知っているだけにうれしいことです。

仙台空港1階はリニューアルのため壁が作られていました。

仙台空港に到着しました。

陸上自衛隊航空学校岩沼分校跡と思われる建物を撮影し・・・

仙台空港にタッチダウン。

遠くに仙台中心部の高層ビルが見える津波が押し寄せた砂浜を通過し・・・

AMX機が駐機しています。

私の隣の席には移動のためのJ-AIRのCAさんが乗っていました。 ユナイテッド航空でのトラブルも乗務員を移動させるために乗客を降ろすようになったのですが、日本の航空会社でも乗務員の移動を乗客を降ろしてでも優先するのかな?
確かに乗務員がいなければその便は運航できないが、乗務員を優先されると納得いかないな。
前もって席を確保しておくべきであり、乗客にオーバーブッキングか乗務員の緊急移動のためかを説明する必要で(嘘を言ってただのオーバーブッキングと説明してはだめですよ)、乗務員の緊急移動であれば高額なお礼金を出すようにしていただきたいです。
私もそんなに急いで行く必要がない場合もあり、10万円くらい出していただけば翌日出発でもいいかな(笑)。
全国の就航地に予備乗務員を置いておくよりも経費は少ないでしょう。

ひゃ~ 雨だ。 客室窓にもワイパーを付けてくれ~(笑)。

座席は高級ぽいです。

さあ出発です。

ターミナルの増築部分を撮影できました。 この増築工事はこの北側部分だけではなく、ターミナルビル全体で行われています。

やばい! 当日は仙台でのイベントに行く予定で、開催時間にぎりぎり間に合う計画なのに、出発が10分遅延しています。

本日の搭乗機であるERJ-190-100(JA244J)です。 2016年5月に就航開始した新鋭機で、私は初搭乗の機体です。

こんな小さな旅客機でもコックピットの非常脱出口があります。

次々退役しているJ-AIRのCRJ-200(JA209J)が駐機していたので撮影しました。

1981年3月18日撮影写真ですが、当時はANAのYS-11も北側エプロンから発着していました。

手荷物検査を受けて館内に入ってもこのような状態です。

北側の展望デッキと南側の展望デッキの間の通路からも一部分から滑走路が見える程度です。 これは聞かなければだめだと案内所に行き聞いたところ、案内所では増築部分の屋上に展望デッキが出来るかどうかははわからないという返答でした。
既に設計は終わっているはずなのに、そんなことも案内所の職員に知らせてないの?
要望として増築部分の屋上にも展望デッキを作っていただくようにと(作るかどうかはもう決まっているでしょうけどね)、以前あった喫煙所が展望デッキからなくなっていたので、喫煙所の設置を伝えてきました。
まあ一人の要望なんか案内所職員からすぐ上の上司に伝えて、そこから上の上司にも伝わることもないでしょうからまったく意味がないでしょうけどね。
今から約40年前に知り合いのおじさんに一眼レフカメラと望遠レンズを借りて、初めて飛行機の撮影のために行ったこの展望デッキが大きく変わろうとしています。
全国の空港の展望デッキでは最高ランクと私は位置づけていた伊丹空港の展望デッキがこれからどうなっていくのか? 聞いてもわからないので、神様に祈るしかないですね。

見ることができる部分は前にフィンガーがある部分であり、機体の真横写真も難しいでしょう。

エプロンや滑走路はまったく見えません。

増築されている部分は展望デッキより床の高さが高く・・・

このように以前と変わらない展望デッキのように見えますが・・・

搭乗手続きを済ませると、展望デッキで撮影開始です。
ANAの最新機材であるA321-211(JA113A)を撮影することができました。 どの航空会社も最新機材は羽田空港からの便にあてるのですが、羽田⇔伊丹間は高需要路線でA321のような小型機が運航されるはずがなく、羽田便ではないのに伊丹空港で最新機材を見られてラッキーでした。
でも羽田空港⇒どこかの空港⇒伊丹空港⇒どこかの空港⇒羽田空港という路線で、基本羽田空港を基地に運航されているのでしょうね。