シーラスSR22(JA013C)  使用者:航空大学校帯広分校  定置場:帯広空港  2017年3月1日撮影

共に仙台空港での撮影で、組立は鹿児島空港にあるJGASだと思われ、宮崎にある航空大学校本校と仙台分校でお披露目をして帯広に向かったのでしょう。
共に撮影日前日に飛来し、撮影日に帯広に向かったそうです。

航空大学校機の墜落事故は以前数回ありますので、安全運航で日本で不足しているパイロットのために頑張っていただきたいです。
niheiさん投稿ありがとうございました。 まだ後8機が導入されますので、仙台空港で残りの機体の撮影もできるかと思いますので、これからも撮影頑張ってください。
これも仙台空港に通い続けているから撮影できるわけで、通い続けている飛行場での撮影はいつも同じ機体ばかりの撮影だったり、離着陸する機体が少なく暇な待ち時間ばかりですが、これが特別な機体を撮影する飛行機撮影マニアの運命ですので、人生をまっとうするまで飛行場に通い続けましょうね。
八尾空港に月に数回しか通わない私が言う立場ではないのですけどね(笑)。


そしてもう1件情報提供がありました。

2枚とも撮影は2009年4月11日に、宮城県角田市尾山内町にある内町溜池とのことです。
ため池にしては水量が多く、海からの取水かなと思ってしまいました。
東北・北海道にCH-47Jの配備駐屯地はなく、たぶん木更津駐屯地から派遣された機体でしょう。



次もヒコーキジャーナル196号に掲載した航空大学校帯広分校に新しく導入されたシーラス機の写真です。

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第198号

この機体は当日展示されていた写真パネルにあり、プロペラの角度が違うが撮影日が違うためだろうとのことです。
確かに4発尾輪式で形状も同じようです。 教えていただきありがとうございました。
私は広く浅くの飛行機マニアでわからないことだらけですので、皆様も間違いの指摘や私の知らないことは教えてくださいね。
お二人の方々ありがとうございました。

シーラスSR22(JA012C)  使用者:航空大学校帯広分校  定置場:帯広空港  2017年2月14日撮影

ヒコーキジャーナル198号発行後、niheiさんより投稿写真を送っていただいたので追加掲載します。
niheiiさん ありがとうございます。
皆様もヒコーキジャーナル掲載文や写真に関連する写真や、珍しい機体写真など撮影できれば送ってくださいね。

まずは今号に掲載したCH-47Jで使用している消火バケット(2000ガロンビックディッパバケット)で、陸上自衛隊のCH-47JAが2009年4月10日と11日に宮城県角田市での山林火災に出動し、水をくみ上げている写真です。
私はヘリコプターがバケットに水をくみあげている場面に遭遇したことはなく、初めて見る光景であり、貴重な写真だと思います。
皆様もくみあげる光景を見た方は少ないのではないでしょうか。

31312号機は長く第6飛行隊に所属しているのでフィルムでも撮影しておらず、デジタルでは2012年3月15日に八尾駐屯地で撮影したこの機体が31312号機ではないかと思うのだが、画像が悪く第6飛行隊機が八尾で撮影される確率は低いので、この機体が31312号機ではないかもわかりませんが一応掲載しておきます。

○ 岐阜基地で屋内保存していたT-2特別仕様機が屋外展示場で展示

航空自衛隊岐阜基地第2補給処は、屋内保管していたT-2特別仕様機(59-5107)を2017年2月20日に航空機展示場へ移動したことを発表しました。
この機体はT-2の最終飛行をした機体で、2006年3月2日に退役し、第2補給処の格納庫で保存されていたと思われ、屋外展示となると劣化が早まってしまうことを危惧します。
できれば名古屋空港に建設されるあいち航空ミュージアムで展示していただけたらいいと思うのだが、そう簡単に話が進むことはないでしょうね。

現在はこのようになっています。

(2012年9月22日撮影)

まだ明るい時間だったので羽田空港展望デッキで撮影しようと思ったのですが、この格納庫が撤去されるかもという情報を聞いているので、元整備場地区を取材してみようと思い歩き出しました。

この付近で以前は航空局の検査機を多く見られたのですが、基地がセントレアに移ったのでもう見られなくなりました。

説明文から、1953年(昭和28年)から1955年(昭和30年)頃の羽田空港管制塔と思われます。

羽田空港管制塔の写真がありましたので紹介します。

某所にプロペラとスピナーが残っているのみですが私が撮影したのは2014年ですので、今はどうなっているかはわかりません。
HASMの説明では毎日新聞となっていますが、朝日新聞の間違いですね。

右上に写っているこの機体は「初風」と書かれており、調べてみると戦後航空再開後に初めて双発機として新規登録されたエアロコマンダー520(JA5001)とわかりました。
この機体は抹消登録後旧岡山空港展望デッキで展示されていたのですがスクラップ処分されたのですが・・・

左隅に写っている機体のことなのですが・・・

とても女性が撮ったようには見えない(その頃に女性の飛行機マニアがおられたことにビックリすると共に、とてもいい写真ばかりなので尊敬の意味です)写真ばかりでした。

着陸前に木更津駐屯地が見え、AH-1SとCH-47Jと海上自衛隊格納庫を撮影することができたのでまあいいとしましょう。

離陸!

今は閉鎖された展望デッキの方にナショナル(現パナソニック)のカメラが向いていました。 何年前に閉鎖されたかわかりませんが、30数年前は私を写していたカメラでしょう。

◎ 2017年東京・千葉撮影旅行 No.1

2017年3月11日追加掲載

 投稿写真及び情報提供

私が46-5726号機の最後の飛行姿を撮影したのは2016年12月11日に行われた那覇航空祭の時で、この時は隊長機を務めていました。
長い間過酷な飛行お疲れ様でした。

2010年10月24日に行われた岐阜航空祭の時に屋外に出され展示された59-5107号機。

私が最後に撮影したのは、2015年7月11日に西新宿にある高層ビルのレストランから標準ズームで撮影したこの写真でした。 また帰ってきてくださいね。

2015年10月24日に名古屋空港で撮影したJA01YK号機。

航空大学校のSR22の写真を撮影していないので他機を掲載しますが、SR22はJA01YK号機が2016年3月21日に鹿児島空港で前脚が曲がり動けなくなった事故があり、私も違う機体で前脚が折れたのではないかと思う着陸を見たことがあり前脚が細く弱いような感じがするので、航空大学校の学生さん! 着陸時は気を付けてくださいね。

ここですが、予想できるでしょうし見覚えのある方もいるでしょうね。 次号もお楽しみに。

整備場駅から羽田空港に戻り、次に行った場所は・・・

さあ戻りましょう。

モノレールに乗るたびに気になっていました。

撮りたかったのはこれで・・・

新聞社格納庫地区まで来ました。

このような写真を撮った後にさらに奥に行き・・・

このような写真を撮ったり・・・

二重フェンスで撮影が難しい中このような写真を撮ったり・・・

海上保安庁羽田航空基地です。 写真は一応撮ったのですが、格納庫内なので掲載は控えます。

警備詰所のような感じなのでここからは一般人は入れず、昔はT101格納庫の近くには行けなかったのかもわかりませんね。
この近くにモノレールの整備場駅があり羽田空港に戻ることもできたのですが、さらに奥に歩いていきました。

何か古い建物がありました。

T101格納庫の横に新しいビルが建っており、パンダフライトアカデミーの看板がありました。

エプロン側から見たT101格納庫(2012年9月22日撮影)

T101格納庫はこれからどうなってしまうのでしょうね。

T-101格納庫の内部で、当日はJA8610号機が置かれていました。(2012年9月22日撮影)

シャッターは壊れていました。

今は内部に入れないというほど朽ち果てているらしいですが、2012年はここで羽田空港空の日行事が行われました。

在りし日のJAL格納庫(T105格納庫)。(2012年9月22日撮影)

扉が開放されている格納庫がT101格納庫で、左側にJALの格納庫があります。(2012年9月22日撮影)

この緑の屋根のT101格納庫の手前にもJALの訓練センターが入っている格納庫があったのですが、既に撤去されていました。

ボンバルディアBD-700-1A11(N468GH)を撮影できました。

YS-11が駐機していた頃はよく行った天空橋付近です。

本日は成田でも撮影したことがないカンタス航空のB-747-438ER(ワンワールド塗装機)と・・・

次に行った場所は・・・

フライトエンジニアの訓練にも使われたと書いてあり、以前は航空機関士席もあったのでしょうね。 1980年就役と書いてあり、田宮二郎が白い滑走路で使っていないですね。

スロットルと逆噴射レバーで、右がフラップ、左のスピードブレーキとタブはわかるが、リムは知らないな~。

JALやANAの元ジャンボパイロットは懐かしいでしょうね。

中央右にあるのがギアレバーで、右にあるということは副操縦士が操作するのでしょうね。 小型機やP-3Cではギアを出さずに着陸した事故がありますが、旅客機や戦闘機やヘリコプターでは聞いたことがないが、今までにあったのかな?

計器盤を見るとラジオコールプレートを探すくせがついているのですが、当然ですがこのシミュレーターにありませんでした。

JA8119号機では3名の乗員がこの場所で約30分間死闘したのでしょうね。

まるで本物のB747のコックピットのようですが、B-747クラシックであれば航空機関士の席が右後部にあるはずですが、このシミュレーターにはありません。

後部はこのようになっていて、シミュレーターを見ることができます。

以前あった日本航空乗員訓練センターはドラマのスチュワーデス物語やアテンションプリーズでロケに使われており、たぶん白い滑走路でも使われたと思います。
私はすべて見ており、特に白い滑走路の山本陽子が美人で、松坂慶子が可愛いかったし、田宮二郎の「フラップツーゼロ」「ギアダウン」というオープニングの言葉をよく覚えています。

この場所に以前は日本航空乗員訓練センターがあり、現在は航空関係の会社と寮がある建物になっています。

JALの今は使われていないB-747-100・200.300型のフライトシミュレーターです。

ここで、建物の内庭にこういう物が置かれています。

HASMでは昨年より年に1回夏ころに展示会を実施するようになったとのことなので、今回のイベントでも私が紹介した以外にも多くの写真や展示物がありますので、HASMのホームページを時々は見ておいてくださいね。
ホームペ-ジの中に「会員の広場」というのがあり、これを見ていくとHASM会員の方が収集しているヘリコプター保存場所に新たに陸上自衛隊のOH-6Dが増えたようです。
ここの展示会を企画していただければ私としてはありがたいので、HASMさん、これからの企画検討の時はこのイベントの検討もよろしくお願いします。


次に行った場所は・・・

愛知県にはまもなく2ヶ所の航空博物館が出来るというのに、日本の航空の中心地である羽田空港に航空博物館がないのはなぜなのでしょうね?
私もこのプロジェクトに参加をしたいが、私は大阪に住んでおり、伊丹や関空や八尾に航空博物館を作っていただきたいので、羽田航空博物館については関東の方々にまかせたいと思います。

職員さんに聞くと、羽田空港に置かれているYS-11量産1号機のJA8610は以前置かれていた格納庫から違う場所に移動されており、スクラップ処分されるかもわからないとのこと。
羽田航空博物館が出来ればメイン展示機となる機体であるので、どうにか保存していてほしいですね。

航空羅針儀二型改

神風号、航研機、ニッポン号の展示・説明もありました。

右下の写真はエアロンカL-16が3機写っており、導入機数や機体番号すら判明していない機体なので貴重な写真だと思います。
調べてみるとこの3機はすべてL-16B型で、右からエアロンカL-16B(8435 NPR-2 AAF-48-0435)、エアロンカL-16B(8439 NPR-4 AAF-48-0439)、エアロンカL-16B(8444 NPR-5 AAF-48-0444)です。

ある見学者の方が「展示されている写真の機種名はすべてわかるが、この4発エンジンの尾輪式の機体の機種がわからない」と言っていて、友人らしき方々と話し合っていました。
見学者の方々は昔からの航空マニアの方々と思われ、その方々でもわからなかったようで、私は当然わからないので機種がわかる方は教えてください。

この左上の写真の・・・

この頃の写真は私も撮っています。

女性の方が撮影したようで、空美ちゃん第1号の方になるのかもわかりませんね。

こちらもわかりませ~ん。

写っている展示航空機を撮影してみましたが、私では機種の確定はできませんでした。

YS-11が国内定期路線に初就航した時の貴重な写真もありました。 機体はJA8612号機ではないでしょうか。

羽田空港で行われた第1回航空ページェントの航空写真

羽田空港関連の写真も多く展示していました。

このバッグは子供の頃に航空イベントで抽選に当たり所有していたと思うが、今となってはどこにいったかわかりません。 実家の倉庫にでもあるかな?

日本国内航空は私が航空機写真を始めた頃にはなくなっていました。

VC-10は伊丹空港で見たことがあります。

イーストアフリカン航空など聞いたこともなかったな~。

パンナムは子供の頃から見ていた機体で大好きなので、私はこのバッグがほしいな~。

エアラインバッグをすべて紹介することはできないので、数点だけ紹介します。
今はない航空会社のバッグも多く展示しており、このユナイテッドアラブエアラインズなんかはあったことも私は知りませんでした。
ユナイテッドアラブエアラインズについて調べてみると、エジプト航空の以前の社名だということがわかりました。

右に写っておられる方が斉藤茂太さんで、左側はもしかしたらヒコーキジャーナルの名前の由来となった航空雑誌「航空ジャーナル」元編集長だった中村浩美さんかもわかりません。
中村浩美さんはこのイベントを催している羽田航空博物館推進プロジェクト(HASM)の理事長でもあります。

メインは故斉藤茂太さんが集めたエアラインバッグで、多くのバックが展示されていました。
斉藤茂太さんは有名な斉藤茂吉さんの息子さんで、飛行機マニアの大大大先輩でもあり、今は鹿屋航空基地で展示している二式大艇の保存運動に携わったとのことです。

ここではウルトラライト機のプロペラや、航空機エンジンの模型を展示しています。

中はこのような感じで、平日であり宣伝もあまりしていなかったようで、見学者は5~6人というところでしょうか。

大田区立羽田図書館です。 ここでは・・・

普段羽田空港に到着すれば展望デッキに行き旅客機の写真を大量ゲットするのですが、今回はすぐここに来ました。 皆様はどこか分からないでしょうし、私も初めて来ました。

ANA  A321-211(JA112A)  2016年11月12日運航開始

JAL  B-767-346ER(JA656J)  行こう! 九州へ特別塗装機(2016年12月14日運航開始)

羽田空港D滑走路上空を通過し着陸!

視界は半分くらいしかないや。

エンジンカウリングに自機が写っていました。 一応空撮ですね(笑)。

あちゃ~ 翼の真上だ! B-777は横の座席数が多く、かつ窓側も通路側も値段が同じなので窓側を確保するのが難しく、視界のいい窓側となるとさらに難しくなります。
窓側の席は100円でもアップすると少しは取りやすくなるでしょうし、私は1000円でも窓側を取りますけどね。

B-777もL1ドア上部に機体銘板がありました。

2007年12月10日に撮影した同機は「全日空」と書かれていました。

さあ羽田に出発しましょう。 本日の搭乗便はANAのB-777-281(JA702A)で、初搭乗の機体です。

南北のターミナル通路の前に建物を建てるようです。 もう設計は終わっているでしょうが、屋上に展望デッキを設置していただくように望みます。

以前は白い建物の上に管制塔があったのですが、今はなくなっています。 何かエプロン側で工事しているぞ!

以前はノースウエスト・オリエント航空やパンナムなどのジャンボ機が駐機していたスポットには、今はANAの小型機が駐機していました。

もう開放されることはないのでしょうね。

昔はこの階段を降りて南側の端まで行くことができて国際線機や貨物機を撮影することができたのですが、今は閉鎖されて行くことができなくなっています。

J-AIR  ERJ-190STD(JA243J)

J-AIRの最新型機であるERJ-190も多頻度で見ることができます。

JAC  DHC-8-400(JA846C)

JAC機も多く離発着があるので、鹿児島空港に次いで多くの機体を撮影できる空港だと思います。
伊丹空港展望デッキでの滞在は1時間強でしたが、私としては航空機撮影を始めた空港であり,中学生の頃に小遣いが貯まればいつも行っていた空港なので、1時間強の撮影でしたが懐かしながら充分楽しめました。

ANA  DHC-8-400(JA857A)

皆様が撮影に行く空港ではエコポンを見られないことが多いと思いますが、ANAのDHC-8-400が他の空港に比べて離着陸が多い伊丹空港では多頻度で見ることができます。

今は歩いている人はほとんどいませんが、昔は航空関係の建物が多くありにぎわった場所だったのでしょうね。

パンダフライトアカデミーはANA系の会社で、A320やB-737のシミュレーターで操縦訓練ができる施設です。

(2012年9月22日撮影)

T101格納庫は、1947年頃にB-29を格納するために建てられました。

1964年(昭和39年)の羽田空港管制塔で、1964年(昭和39年)といえば東京オリンピックが開催された年であり、この頃は高度成長がすさまじく約10年でこんなに変わるものかと思います。
ところでなぜ管制塔が2つあるの?

スチュアーデスさんというのがいいですね。 私が子供の頃新聞に入っているチラシに「ゼット機で行く北海道の大抽選会」というのがありました。 私もシュミレーターと書いていたので指摘する立場にはないのですけどね(汗)。
英語を日本語で書くのだから、人により聞こえ方が違うからどうでもいいじゃんと思うのですけどね。 

こちらは男性が撮った写真です。

2016年2月23日から28日まで羽田航空博物館推進プロジェクト(HASM)が「6日間だけの羽田博物館」というイベントを行っており、見学させていただきました。
看板はなぜか「羽田一日博物館」となっており、当日気づかなかったので理由を聞けませんでした。

スカイマーク  B-737-86N(JA73NG)  ヤマトジェット(2017年2月24日運航開始)

私は子供の頃宇宙戦艦ヤマトを見ておらず、同時間に放送されていたと思う「猿の軍団」を見ており、友達の中では少数の猿の軍団派でした。
夏木マリと安西マリアでは安西マリア派でいたし、キャンディーズはミキちゃん派、ピンクレディーではケイちゃん派、サザンオールスターズとツイストではツイスト派、松田聖子と中森明菜では中森明菜派で友達の主流とはほとんど外れており、今も飛んでいない航空機を追っていることが多いので、子供の頃から主流から外れた変わり者だったのかもわかりませんね(笑)。
若い閲覧者の方々には何の事かわからないでしょうがご了承ください。

今も伊丹空港の正式名称は大阪国際空港ですが、羽田空港のように国際線の定期便が戻ってくる時があるのだろうか?
この写真の左側奥くらいに昔は小さな売店があり、真夏に撮影中フィルムがなくなり購入したことがあるのですが、日光にさらされたままのネガフィルムだったので現像するとまともな写真ではなかった記憶があります。 売店にいたおばちゃんはもう亡くなっているでしょうね。

20017年2月24日から28日まで東京と千葉に行ってきました。
まずは24日のリポートからお送りいたします。

「6日間だけの羽田博物館」というイベントで展示された写真の、この4発エンジンの尾輪式の機種がわからないと書きましたが、NUさんからB-17ですと教えていただきました。

瀬長島で撮影した着陸する同機で、後席のパロットが手を振ってくれました。
この機体は2009年に木村拓哉が後席に搭乗し、アクロバット飛行を体験した機体でもありました。

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○ T-4ブルーインパルスの46-5726号機が退役

46-5725号機に続き、T-4ブルーインパルスの46-5726号機が2017年2月7日にラストフライトを終え、2月8日に退役しました。
順番的にみると次の退役は46-5728号機ですので、小牧航空祭で飛んでいれば集中的に撮影しておきましょう。

○ 陸上自衛隊OH-6DのIRAN終了

川崎重工業は、2016年8月30日に陸上自衛隊向けOH-6Dの機体定期修理(IRAN)最終号機を第6飛行隊(神町駐屯地)に納入したことを発表しました。
最終IRAN機は31312号機と思われ、これによりOH-6Dの退役機がこれから多く出てくると思われ、現役機を見たら撮影しておくことをお勧めします。
陸上自衛隊は連絡・観測ヘリコプターをどうしていく方針なのだろう? UH-1だけの飛行隊ばかりできて、UH-1に何か問題が出て飛行停止になれば、陸上自衛隊航空部隊はほぼ休眠状態になってしまうでしょうね。

○ メットライフ生命で運航していたスヌーピーJ号が運航終了

2010年11月から運航していたメットライフ生命のスヌーピーJ号が、2016年末をもって運航を終了していたことがわかりました。
スヌーピーJ号が運航を終了したことにより日本で飛行船は見られなくなり、飛行船マニアではない私でも残念に思います。
またどこかの企業が飛行船を飛ばしていただくことを望みます。 いい宣伝になると思いますよ。

○ 航空大学校でシーラスSR22の供用開始式典実施

航空大学校帯広分校にて平成29年2月28日、新型訓練機であるシーラスSR22の供用開始式典が行われました。
これは現在使用しているビーチクラフトA36をリプレースするために導入するもので、今年の夏ごろまでに10機導入されます。
式典で展示された機体はJA012C号機で、既にJA012C~JA017Cまでの5機が新規登録されています。 ここで引っかかるのは、JA011Cはなぜ飛んでいるのかということです。
調べてみると航大学校はJA010CからJA019Cまでの10機を予約登録しているようで、JA010CとJA011Cがまだ登録されていないだけのようでした。
これでは機体番号は若い番号なのに、新規登録日は他の機体より後の日になってしまい、日本でのB-787みたいになってしまうでしょうね。
航空大学校を退役するビーチクラフトA36についてはこの後競売などが行なわれると思われ、個人や法人登録されるかもわからないので注目していく必要があるでしょう。

 Aviation N E W S

ANA  DHC-8-400(JA853A)

今回の旅はまず東京へ向かうため、いつもの旅であれば新幹線を使うのですが航空便との値段を比べてみると航空便の方が安く、かつ、羽田空港近くに行く予定なので航空機で行くようにしました。
伊丹空港を使うことは最近少なく、伊丹空港に撮影に行くことも最近なく出発まで伊丹空港離着陸機を撮影できるので、一石三鳥というところでしょうか。

んっ この看板はどこかで見たな~(2012年9月22日撮影)

このイベントでは「電動ヒコーキ」飛行体験会というのが予定されていたのですが、私が行った時の見学者は子供の見学者はおらず、私が最低年齢の見学者だったためか行っていませんでした。

国際航空宇宙展のHASMブースで零戦の栄エンジンを展示している写真がありました。 説明文をよく見ずに国際航空宇宙展で栄エンジンを展示したことに驚き、HASMが栄エンジンを所有しているのか職員さんに聞いてみると、河口湖自動車博物館から借りて展示したとのことです。
帰宅後、以前河口湖自動車博物館で撮影した写真を調べてみると、この写真と同じと思われる栄エンジンを写しており、説明板には中島「栄」12型(製造番号12515)と書かれていました。
河口湖自動車博物館は撮影写真のネット掲載をやめてほしいとのことなので、写真掲載はやめておきます。
HASMの看板によると、2008年にパシフィコ横浜で行われた国際航空宇宙展(JA2008)で展示されたようですが、私はJA2008には行っていないので写真はありません。 

HASMの看板ですが・・・

北側部分も閉鎖されており(2016年9月9日撮影写真)、この奥はYS-11を順光で撮影できる絶好の撮影ポイントでした。