2014年11月19日に伊丹空港で撮影したJA201J号機。



これでアビエーションニュースを終わりにしようと思いましたが、ネットによると7月2日に伊丹空港でANAのB-767-361(JA602A)が白装束で着陸してきたそうです。
JA602A号機は2014年8月頃までANAの旧塗装であるモヒカン塗装で飛んでいた機体で、もしかしたらANAから退役するのかもわかりません。
ネットには他に出ていないようなのですが、少し注目する必要があるでしょう。
ただの塗装替えやAIR DOが特別塗装機を出すとの情報もありますので、その関係なのかもわかりませんので、間違っていたらすみません。

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第181号

2016年4月10日、高遊原分屯地祭の記念式典中に熊本空港を離陸するJA602A号機。

2003年10月27日に名古屋空港で撮影したJA201J号機。

地元のUH-60JA3機は屋外駐機のようです。

ベル47G-2(JA7311)

私はUH-1Hの初期の機体の現役時代の写真はほとんど撮っていないのですが、この機体は珍しく撮っていました。

UH-1H(41621)が展示されています。

この機体は1966年4月13日に新規登録され、1990年2月28日に抹消登録されており、1971年からは東邦航空が所有者で、終始定置場は調布飛行場でした。

機内にヘルメットがあり、見学者などが乗った時に被ってもらうのでしょう。

この機体は機体銘板とIRANプレートは外されていました。 機体銘板は用途廃止後にその機体に思い入れがある部隊や機付長などに贈られることがあるそうだが、IRANプレートもないので、用途廃止機は近年になって機体銘板やIRANプレートを外すように指示されているのかもわかりません。

OH-6D(31245 : 後部は31273)




次に行った場所は・・・

成田の航空科学博物館が所有し龍ヶ崎飛行場で保管されている川崎ベル47G-2(JA7310)がよく見えるようになりました。

龍ヶ崎飛行場といえば私はいつもこの建物を思いだし、少し思い出があったのですが栄枯盛衰ですね。

2015年10月10日の時点では古い事務所が残っていたのですが・・・

翼を折りたためられるようになっており、まるでF-14のようですね(笑)。

遠くをつくば航空のR22(JA7958)が通過していきました。

前の事務所の軒下にあった・・・

今号は前号に引き続き6月18日のリポートをお送りいたします。

千葉県香取郡神崎町にある「発酵の里 こうざき」を後にし、次に行った場所は・・・

ベル204-B(JA9043)と判明しました。 根拠はのちほど紹介します。

◎ 2016年千葉・茨城・栃木撮影旅行 No.2

2012年2月24日に羽田空港で撮影したJA602A号機。

2015年1月25日に成田空港で撮影したJA13AN号機。

2008年5月20日にマロウドホテルから撮影したJA13AN号機。

2015年5月23日に成田空港の近くのマロウドホテルから撮影したJA10AN号機。

2008年5月19日に成田空港で撮影したJA10AN号機。

06-5790号機は複数回撮影していますが、ここでは2003年10月26日に行われた小牧航空祭で展示された写真を掲載します。

06-5787号機はモスボールの期間が長かったのかまともな写真がなく、2009年5月31日に行われた防府北航空祭で航過飛行した一番後ろの機体が06-5787号機です。

2010年10月24日に岐阜基地で撮影した改修前の1号機(08-1201)。

明日展示される民間機も一部到着しており、現在時刻18時41分なので搭乗員の方々は既に宇都宮の街で餃子を食べながら生ビールを飲んでいる頃でしょう(笑)。


以上で6月18日撮影分のリポートを終わります。
次号で北宇都宮駐屯地祭の模様をお送りいたしますのでお楽しみに。

明日の駐屯地祭のために霞ヶ浦と相馬原からCH-47Jが到着し駐機していました。

北宇都宮駐屯地の滑走路横にある道路です。

所有者の方はおられなかったのですが近所の方に聞くと所有者の方の父親が操縦していた機体だそうで、数十年前から前から置かれているとのこと。



次に行った場所は・・・

ツタ系の雑草が機体にからみつき枯れています。

前の部分の丸みがなくなっており、破損は残念に思います。

風防(と言うのかな?)が割れており、台風か強風で何かが飛んできて割れたのかな?

2013年5月27日撮影写真

ここへは2013年以来の訪問で、以前曲がった交差点や場所を聞いた店舗などを覚えており、普段の生活では記憶力の悪い私ですが航空関係の事になると脳みそが活性化するようです。

栃木県宇都宮市の、この機体もまた北宇都宮駐屯地の近くに置かれているベル47です。

この機体は1970年4月24日に新規登録され、東亜国内航空や日本農林ヘリコプター・エースヘリコプターと会社を変りながら、1995年5月16日に抹消登録されています。
東亜国内航空のヘリコプターはよく撮った記憶があるので、現役時代の写真を撮影しているのではないかと思い写真を探しましたがありませんでした。



次に行った場所は・・・

テープに機体番号が刻まれたラジオーコールプレートがありJA9043と刻まれているので、この機体はJA9043号機で間違いないでしょう。

計器盤の右上に・・・

計器盤

操縦席

UH-1Bにこんなステップはないでしょうね。

この機体は以前、山形県米沢市の測量や空撮などの業務を行う会社で塔の上に乗せられて展示されていた機体だと思われます。

展示場所が北宇都宮駐屯地の近くなのでUH-1Bかなと思ったのですが・・・

栃木県宇都宮市の北宇都宮駐屯地からそんなに離れていない場所で展示している機体です。

1985年6月5日に撮影したフィルム写真で、私はほとんどのプリント写真の裏に機体番号・撮影場所・撮影日を書いているのですが、この写真には撮影場所を書いていなかったのですが雰囲気的にたぶん八尾駐屯地で、中部方面ヘリコプター隊所属時の写真でしょうね。、

これは2012年10月22日に撮影した写真ですが、色合いは露出設定や天候、陽の当たり具合などで変わってくるので判断できず、変化はほとんどないと思われます。

茨城県水戸市にある内原ヘルスパークです。




次に行った場所は・・・

機内の座席は取り外されており、パイプ椅子が置かれていました。

ラジオコールプレートも見ることができ、この機体はJA3295号機で間違いないでしょう。

そこから計器盤を見ることができ・・・

窓が少し割れており・・・

胴体に「SEYA」というアルファベットが残っており、私がJA番号機の履歴を調べるためによく使わさせていただいているJA Search(日本の民間登録航空機検索データベース)によると、抹消登録後に展示用として売却とあるので、抹消登録後の一時期はどこかで展示していたのではないかと思われます。
私が撮影中に通りかかった方に聞いたところ、前はこの近所にある民家の庭に置かれていて、その後ここに移動してきたとのことで、民家の庭に置かれていたのは10数年前と言っていたので、展示されていたのは数年だったのではないかと思います。

東邦航空の東という字が消されています。

エンジンは装着されています。

茨城県水戸市の畑の中にポツンと1機のセスナ機が置かれています。

畑に囲まれたのどかな地域で、ここはどこかというと・・・

今回行った北宇都宮駐屯地祭の時に聞いたのですがOH-6やUH-1にはスロットルがあるそうで、私はスロットルがある機体は自動車のアクセルのように飛行中などに出力をスロットルで調整すると思っていたのですが、飛行中はある位置に固定しておいて、出力を変えたい時はガバナという装置で出力を変更するとのこと。
私が少し操縦させてもらったヒューズ300もそうだったのかな~?
ガバナとはどこにあってどういう形の操縦装置なのか今度行く航空祭で聞いてみたいと思います。
体験搭乗などでパイロットが一人の時に急に気を失った時はある程度操縦できると思っていたのですが、私が操縦すれば即墜落でしょうね。
大村航空基地でSH-60Jのシミュレーターを操縦させてもらったことがあるのですが、その時も長崎空港滑走路上に見事に墜落しました(笑)。


OH-6DやUH-1Hは近年でほとんどが退役しており、全国の色々な場所に展示された可能性があるので、近所で見かけたらご連絡よろしくお願いします。

次に行った場所は・・・

ラジオコールプレート  JG-1245と書かれており、この機体は31245号機で間違いないでしょう。

計器盤

31273号機は2013年5月26日に行われた北宇都宮駐屯地祭で、スカイホーネットの中の1機として飛行した機体でした。

後部は31273号機の物が装着されています。

この31245号機を私はほとんど撮影しておらず、2013年5月26日に行われた北宇都宮駐屯地祭の時に、格納庫の奥で整備中の姿を2枚撮影しただけでした。
31245号機は私の資料によると長らく第6飛行隊(神町駐屯地)に配備されていた機体で、数年前に航空学校に配備替えされたと思われます。

OH-6が展示されています。

茨城県かすみがうら市にあるピソ天神という福祉施設で、ここには・・・

旧事務所がなくなったことにより・・・

自動販売機は移設されていました。

このようになっていました。

2015年10月10日の新事務所竣工時に看板の設置位置をどうするか悩んでいましたが・・・

事務所前に立っていたこの風向風速計も建物の解体ゴミと一緒に捨てられてしまったのでしょうね。

今回行くと取り壊されていました。

龍ヶ崎飛行場で、大利根飛行場から車で約15分で行けます。

小型機やグライダーが多く並べられており、以前の姿に戻ってきているようでした。


次に行った場所は・・・

置かれていた航空機ですが、この機体の型式は何でしょう?

ベンチがありのんびり小型機やグライダーの離着陸が見られるので、たまには行かれてはどうでしょうか。

事務所の下にもタイヤがあります。

休憩などに使われているのでしょうね。 大利根飛行場は河川敷にあると思われ、固定された建築物は建てられないのでしょう。

事務所の裏にはトレーラーハウスが置かれており・・・

プロペラ2翅はなくなっており、どこに行ったかわかりません。

以前あった事務所は新しくなっています。   (2012年5月19日撮影写真)

水害による被災前の状態に戻っており、モーターグライダーが時より離着陸していました。

この機体が重整備中でした。 この機体は羽布張りなのですね。  (2012年5月19日撮影写真)

工場にも行って整備中の機体などを撮影させていただいたのですが、写真は個人的な使用ならOKとの条件付きなので掲載はしませんが・・・

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○ J-AIRのCRJ-200(JA201J)が退役

2000年から運航していたJ-AIRのCRJ-200(JA201J)が退役しました。
2016年6月13日に抹消登録され、6月23日に伊丹空港から旅立ったようです。

○ ANAのB-737-700ERが退役

2007年3月25日から運航していたANAのB-737-781ERが、2016年3月27日のムンバイ発成田行きの運航を最後にANAから退役しました。
エコノミークラスの無いビジネス客向けの機体で、JA10AN号機とJA13AN号機の2機のみの機体でした。
JA10AN号機は5月9日に羽田からアメリカに飛び立ち、JA13AN号機も既に日本を離れているのではないかと思います。
日本で2機だけのB-737-700ER型機がなくなったことは寂しいことですが、スクラップにならずどこかの国で飛び続けていてほしいです。

○ 新たに改修されたブルーインパルス仕様機が飛行試験中

新たにブルーインパルス仕様に改修されたT-4(06-5787)が飛行試験中とのことで、もう1機(06-5790)も現在改修中とのことです。
ある航空雑誌に5機をブルーインパルス仕様に改修する予定と書いていたと思うのだが、以前の報道では津波で被災した1機の補充ということで1機をブルーインパルス仕様に改修すると出ていたと思うのだが、方針変更かな?
ブルーインパルスの曲技機数を増やすのか? あるいは予備機を増やしておく構想なのかよくわかりませんが、予備機が増えれば航空祭でブルーインパルスが来なくても1機だけ展示ということもできるし、2機ぐらいでの飛行展示ということもあるかもわかりませんね。
これからどうなっていくのかブルーインパルスの動向を見ていきたいと思います。

2015年10月25日に岐阜基地で撮影した2号機(18-1202)。

○ C-2量産初号機航空自衛隊に納入

2016年6月30日、川崎重工業はかねてより開発していたC-2量産初号機(3号機)の68-1203号機を航空自衛隊に納入しました。

試作1号機と2号機は既に航空自衛隊に納入され、1号機は強度不足のため約91億円かけて胴体交換作業が終了し、2号機は電波情報収集機に改修されるとのこと。
当分3号機は岐阜基地で試験をするだろうが、今年度にも美保基地に配備されるのかな?
私としての疑問は、1号機の胴体を量産機と同じ胴体に交換したとのことだが、胴体を交換しても同じ機体なの?
胴体交換は翼以外全交換なのか? あるいはフレームはそのままで外板だけの交換なのかわからないが、どちらにしても同じ機体とは思えないように思うのだが、航空機というものはどこまで交換したら違う機体となるのだろう?
F-15で主翼を交換した機体があると聞いたことがあるし、松島基地で被災したF-2Bも相当な部分が交換されているでしょうね。
最近では特に疑問に思う報道でした。

 Aviation N E W S

これは2013年5月27日写真で大きな変化はありませんが、機首部のカバーの破れが大きくなっていることがわかります。

説明板   えっ! 航続距離は439Kmしかないの? 自家用車と同じくらいじゃん(なぜか東京弁になってしまいました)。



次に行った場所は・・・

セスナ172G(JA3295)                                    情報提供 : 佐藤正孝

大利根飛行場です。