何かの石碑の裏には円墳と思われる古墳があります。
大阪府南部にはいたるところに古墳があり、一番有名なのは仁徳天皇陵で近くから見ると大きすぎて山にしか見えず、今は仁徳天皇陵かどうかわからないのか大仙陵古墳と言うそうです。


この後、以前ヘリコプターを展示していた場所を探そうと思い隊員に聞いて回ったところ、この古墳の裏側あたりに以前展示していたとの証言を聞き、また戻ってきました。

平成28年4月24日、大阪府和泉市にある陸上自衛隊信太山駐屯地で創立59周年記念行事が行なわれました。
熊本・大分での地震により自衛隊の基地・駐屯地でのイベントが中止になる中、なんとか開催していただきました。
ある隊員に聞いてみると信太山駐屯地からは災害派遣に行っていないと言っていたので開催できたのでしょう。
だが飛来していた第3飛行隊の隊員に聞くと第3飛行隊はUH-1Jを数機派遣しているそうで、訓練展示や装備品展示に参加していた外来の部隊の中には災害派遣している部隊もあったでしょう。

信太山駐屯地の主な部隊は第37普通科連隊で、大阪府に駐屯地はここと八尾駐屯地があるのですが八尾駐屯地は航空部隊の駐屯地のため、普通科隊員が駐屯しているのは信太山駐屯地しかなく、大阪府の南側と奈良県を管轄していると隊員が言っていました。
大阪府の北側は兵庫県の伊丹市にある伊丹駐屯地が担当しているそうで、他県の部隊が大阪府北側を担当しているのですね。
なお、奈良県には全国の都道府県で唯一陸上自衛隊の駐屯地や分屯地が無い県で、奈良県が県内に駐屯地を設置するように要望書を内閣官房と防衛省に2011年11月に提出しており、場所は五條市との要望だそうです。
奈良県では2011年9月に紀伊半島大水害により被災しており、できるだけ早く自衛隊による災害派遣部隊が到着できる体制を整えてほしいのでしょう。
確かに奈良県の山奥で災害があっても、信太山駐屯地から出発しても5~6時間はかかるでしょうね。

それでは2009年以来7年ぶりに訪れた信太山駐屯地祭の退役展示機メインのリポートですがご覧ください。

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以上でヒコーキジャーナル第174号を終わります。
高遊原分屯地祭のリポートを飛ばしてまで信太山駐屯地祭をリポートしましたが、少ししつこいリポートだったように編集を終えて感じています。
編集が始まるとすべてをリポートしたいと思ってしまいいつもこうなってしまいます。
ほとんどの方は信太山駐屯地祭よりも高遊原分屯地祭のリポート望んでいたと思うのですが、最新のイベントの方を選んでしまい、4日には言わないでもわかると思うのですが瀬戸内海に面した棒街に行くので高遊原分屯地祭のリポートが飛ぶ可能性が大となってしまいました。
一人で取材・編集・発行しているのでご了承くださいね。
瀬戸内海に面した棒街に行かれる皆様、長い行列や山手線のラッシュ時の混雑のような状態にもめげずお互い楽しみましょう
暑くなりそうなので、カバンにはペットボトルを1本は入れておいてて下さいね~。

○ F22再生産を検討

アメリカ下院は4月30日までに、F-22を再生産した場合の財政負担や再生産上の行程での問題点などの説明を求める条項を国防関連法案に盛り込んだ。
再生産されたF-22の輸出については特定の国名を上げてはいないが、輸出も視野に入れているのではないかとのことです。

この報道についてはびっくりしました。
日本が次期戦闘機にとアメリカに打診したところアメリカに拒否されてF-35に決定したのですが、これは日本のステルス戦闘機開発を止めるための再生産の検討なのかもわかりませんね。
日本がステルス戦闘機開発するには大出力のエンジン開発という大きな課題があり、かつ開発費が膨大になるとの問題点もあり、F-22が再生産されて輸出が可能になった場合、旧式ではあるがF-22を導入するのか、あるいは開発を続けるのか日本はどうするのでしょうね。
ただF-22もアメリカ軍が導入した時は1機あたり4億1200万ドル(現在のレートで約438億円)だったと報じており、どちらにしても多額な費用が必要になるようです。
私としてはステルス戦闘機開発を続けていただき、外国の戦闘機に負けない国産ステルス戦闘機を開発していただきたいです。
まあその前にOH-6DやAH-1S・OH-1の後継機導入ですけどね。

 Aviation N E W S

ユーロコプターEC135T2+(JA555H)  所有者:中山運輸  実質定置場:佐賀空港?   (2016年4月12日撮影)

◎ 八尾空港NOW

ヒコーキジャーナル第170号でリポートした静岡理工科大学の退役展示機の内、ベル222(JA9552)が富士山静岡空港ビジターセンターで展示していた頃の写真がないと書いたところHAWKさんから送っていただけました。
HAWKさんありがとうございました。

◎ 全国退役展示機情報

2004年4月18日に撮影した違う場所で展示していた当時の写真(2度目の掲載です)。

緑の筋が1本延びており、肥料のきいた土で溝を埋めたので草が生えやすいのでしょう。

この写真は2004年4月18日に撮影したOH-6J(31071)ですが、帰宅後調べてみるとほぼ同じアングルの写真を撮影しており、この場所で間違いないようです。
古くからいるという隊員の方はここには装甲車を展示していたと言っていたのですが、撮っておいてよかったです。
人の記憶というのは間違いが多く、写真は人の記憶より正確性が高いですね。

右の小山が古墳です。

この写真パネルは大阪城(と思われる)の近くに戦車が並べられており、今の時代では考えられない写真だと思います。
上空を飛ぶヘリコプターはUH-1Bでしょう。

今年もJの一部が剥がれただけで同じ説明板が置かれていました。


この説明板はUH-1Hの諸元なのかと思い私が2015年1月から撮影したUH-1Hの説明板を掲載してみます。

2009年5月10日に撮影した説明板はUH-1Jの説明板を置いていましたが・・・

ラジオコールプレート

計器盤

この写真は2009年5月10日に撮影した同機ですが、7年たっているにもかかわらず塗装の劣化がほとんどなく、定期的に再塗装を実施しているのかもわかりません。

私が小学生低学年の頃の校舎もこういう感じで、暖房は石炭ストーブで、日直が石炭をもらいに行っていました。
授業の始まりと終わりのチャイムはなく、先生か小遣いさん(これは差別用語かな?)が吊るした鐘を木づちで鳴らしていました。
給食はなく、弁当をストーブの周りの網にくくりつけて温めており(当時はまだ電子レンジはなかったと思います)、今はこのような小学校はないでしょうね。 

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第174号

パイパーPA-28RT-201T(JA4090)  使用者:個人  実質定置場:八尾空港   (2016年4月22日撮影)

ビーチクラフトG58(JA51UK)  使用者:崇城学園?  実質定置場:熊本空港?   (2016年4月22日撮影)

ビーチクラフトA36(JA4156)  所有者:NSパッケージ  実質定置場:北九州空港   (2016年4月22日撮影)

ビーチクラフトC90A(JA8846)  所有者:大安建設  実質定置場:名古屋空港?   (2016年4月12日撮影)

セスナ172P(JA4133)  使用者:エス・ジー・シー佐賀航空?  定置場:佐賀空港   (2016年4月12日撮影)

シーラスSR20(JA102H)  所有者:個人  実質定置場:八尾空港   (2016年4月12日撮影)

ムーニーM20K(JA3984)  所有者:個人  定置場:八尾空港   (2016年4月12日撮影)

八尾駐屯地を離陸したUH-1Jの5機編隊がV型編隊で飛んでいきました。 UH-1JのV型編隊を見たのは初めてだと思います。   (2016年4月12日撮影)

アエロスパシアルAS355F2(JA9573)  所有者:朝日航洋  定置場:東京ヘリポート   (2016年4月12日撮影)

この機体は八尾基地常駐機ではないので、東京ヘリポートの格納庫に入っている状態の姿を撮影していただけで、実質この日が初めての撮影でした。

パイパーPA-28-161(JA3829)  使用者:エアロラボ?  実質定置場:八尾空港   (2016年4月12日撮影)

セスナ172P(JA3954)  所有者:エス・ジー・シー佐賀航空?  定置場:佐賀空港?   (2016年4月12日撮影)

窓には一つ星のプレートがありました。

離陸時は見送りをしていました。

燃料補給は自衛隊が行なっているようです。

陸上自衛隊員の誘導もなく着陸するようで、誘導はしないという取り決めがあるのかな?

UH-60L(96-26694)   アメリカ陸軍第78航空大隊(キャンプ座間)   (2016年4月12日撮影)

シーラスSR22(JA01PC)  所有者:個人  定置場:調布飛行場   (2016年4月8日撮影)

この機体は2015年4月24日新規登録の新しい機体ですが、定置場が調布飛行場で個人機の飛行が以前禁止されていると聞いていますが、解除になっていなければ八尾空港に当分置かれるのかもわかりません。
この機体のフラップは複雑な構造をしていますね~。

セスナ208B(JA208D)  使用者:第一航空  定置場:八尾空港   (2016年3月25日撮影)

2015年10月28日に撮影した同機。  同じ機器を違う場所に搭載して、ピトー管らしき物も装着しています。
何の機器なのでしょう?

2015年11月20日に撮影した同機。

ガルフストリーム・コマンダー695(JA860A)  所有者:アジア航測  定置場:調布飛行場   (2016年3月22日撮影)

ヒコーキジャーナル第167号でリポートした2月12日分までしか八尾空港の飛来機写真を掲載していないと思うので、以後の私が撮影できた飛来機等を掲載していきます。

ダイヤモンド・エアクラフトHK36TTC(JA01KY)  所有者:個人  実質定置場:八尾空港?福井空港?   (2016年2月27日撮影)

この機体はまたどこかで展示しているかもわからないので、沖縄をドライブ中にどこかで見かけたら情報提供をお願いします。 (2014年12月15日撮影写真)

私は沖縄に渡る直前の2013年11月2日にも八尾空港で同機を撮影していました。

店員さんに以前聞いたところ、2013年の年末頃から展示を開始したと言っており・・・

撤去時期などを聞こうと電話をしてみましたが現在使われていない電話番号とアナウンスされ、、もしかしたら閉店したのかもわかりません。 (2015年12月12日撮影写真)

この機体は2014年12月15日に現地に行って撮影し、昨年も12月12日に行って撮影しており突然のことで驚いています。 (2015年12月12日撮影写真)

機体下部にあるアンテナと思われる部品が破損しており、駐屯地広報担当の方が見ていればできれば修理をお願いします。
15時になり、帰りはシャトルバスの列に並び帰路につきました。
三重県久居駐屯地の訓練用と思われるUH-1HとKV-107は撤去されているという情報を聞いており、ここのUH-1Bは使われていないような感じがするので、いつ撤去されるか時間の問題のように感じています。
全国各地で駐屯地祭が始まっており、行かれることがありましたら展示機や訓練機の状況の連絡をよろしくお願いします。

以上で信太山駐屯地祭のリポートを終わります。

2004年4月18日に撮影した違う場所で展示していた当時の写真。

次は先ほどより比較的周りに人がいなくなったバートルの撮影開始です。

この写真は2009年5月10日に撮影した2機のUH-1ですが、7年前と置かれている場所は変わっていません。

よく見るとこの機体はホイスト装備機で貴重な機体でした。

次は以前違う場所で展示していたUH-1Bです。

この機体は退役前まで八尾駐屯地に配備されていたので、現役時代の写真をまあまあ撮影していました。 この写真は2006年10月25日に八尾駐屯地で撮影した同機。

メインローターブレードは外されています。

UH-1H(41696)

グランドの奥に訓練用と思われる2機のUH-1が置かれています。

このように多くの車両も展示しているのですが、車両の紹介はやめておきます。

銘板   銘板の撮影はOKでしたが、なぜかコックピットの撮影は禁止でした。 なぜだ?

2006年5月21日に行われた北宇都宮駐屯地祭の時に撮影した同機。

このようにこの機体は、第3飛行隊に配備される前は航空学校宇都宮校と霞ヶ浦校で教育に使われていました。

この年は復興を願ってか、機体に東北地方の街の名前が書かれており・・・

UH-1J(41846)  第3飛行隊(八尾駐屯地)

自衛隊大阪地方協力本部のキャラクター「まもるくん」です。 横にいた隊員に聞くと海上自衛隊バージョンのまもるくんだそうで、陸上自衛隊バージョンと航空自衛隊バージョンの名前を聞きましたが、すべてまもるくんだそうです。

(2004年4月18日撮影)

右の台座がOH-6J(31071)を展示していた場所で、左側にも台座があります。 帰宅後以前の写真を調べてみると・・・

いつ頃撤去されたのかわかりませんがこの機体は信太山駐屯地内になく、スクラップになったのでしょうね。

台座があるしここではないか?

何かの石碑

う~ん 人が多くて撮れないので後回しです。

グランドに行くと戦闘訓練展示をしていましたが人が多く、前に行くことができませんでした。

石碑

旧海軍砲弾

修史館を出ると大阪城の堀に埋もれていたアメリカ軍の1トン爆弾を展示しています。 大阪城の近くには大阪砲兵工廠という大砲を作っていた工場があり、集中攻撃を受けた場所です。
大阪城も空襲を受けたと思いウィキペディアで調べてみると、どうも昭和6年に建ったそのままのようです。
アメリカ軍は大阪城を外すように爆撃したのかな?
なお大阪城にはエレベーターがあるそうです。

きつねの剥製を展示しており、大阪にはきつねは生息していないと思うので広報担当の隊員に聞いてみると、昭和40年代前半に滋賀県にある駐屯地の警備のために信太山駐屯地の車両が滋賀県内を走行中ひいてしまい、持ち帰って剥製にしたところところ競技大会などで信太山駐屯地が優勝するようになり展示するようになったとのこと。
信太山駐屯地の奥にある信太山演習場で戦中にアメリカ軍の捕虜を処刑したというのを私は知っていたので広報担当の隊員に聞いてみたのですが、その隊員の方はその事実を知りませんでした。
やってはいけない悲しいことで、そのことを修史館で広報することは躊躇すると思いますが、事実は事実として広報するべきだと私は思うし、処刑された方々の慰霊碑も信太山駐屯地に作るべきだとも思います。

唯一の航空関係の飛行機模型

UH-1HとOH-6Dを展示している場所はこの修史館という資料館の裏側にあります。

一応2015年6月6日に北徳島分屯地で撮影したUH-1Jの説明板を掲載しますが、UH-1Hの説明板が全国の駐屯地や施設でバラバラなので、信太山駐屯地の説明板がUH-1H用なのかUH-1J用なのかわかりませんでした。

2015年5月5日に淡路島にあるミツ精機で撮影した説明板。

2015年5月17日に霞ヶ浦駐屯地で撮影した説明板。

銘板

どうもレンズの左上が汚れていたようです。 プロカメラマンではないので気にしない気にしない(苦笑)。

2004年6月20日に行われた丘珠駐屯地祭の時に撮影した現役時代の同機。  当時は第7飛行隊に所属しており、現役時代から機首に七飛と書かれていました。
これらの写真から2004年か2005年に用途廃止になり、2005年から2009年の間に信太山駐屯地で展示され始めたことがわかります。

2009年5月10日に撮影した同機   説明板の位置が変わったくらいで大きな変化はありません。

次はUH-1Hです。

説明板

テール部も31148号機本来の部品のようです。

31148号機の現役時代の写真を探したところ、1998年10月4日に行われた明野駐屯地祭で撮影したこの1枚しかありませんでした。

2009年5月10日に撮影した同機   大きな変化はありません。

OH-6D(31148)  退役展示機です。

おしゃれな建物があると思ったのですが、これも戦中の建物に塗装しただけのようです。

奈良基地のさざれ石  ちっちゃ!

さざれ石

航空自衛隊小牧基地と奈良基地に続くさざれ石を発見!

石像裏側

第37普通科連隊庁舎

裏側   野砲兵第4連隊歴史概要

旧日本陸軍38式野砲

駐屯地祭ポスター

5月15日に千僧駐屯地祭があるが行けないので、行かれる方は展示しているOH-6Dを撮影できれば写真を提供してください。
千僧駐屯地祭には行ったことがなく、駐屯地の見学を申し込んで以前展示していたOH-6Jを撮影して以来行っていません。

陸上自衛隊信太山駐屯地正門

隊員に聞くとこのようなマイクロバス7台で直近の信太山駅からシャトル運航しているそうですが、駅に着くとシャトルバスに乗る長蛇の列があったので、タクシーの運転手に聞くとワンメーターで着くとのことでタクシーで駐屯地まで来ました。
今までは大型バイクで来ていたのですが、おっさんになって乗る機会が少なくなり手放してしまいました。

◎ 2016年度信太山駐屯地祭

信太山駐屯地創立59周年記念行事

今年の2月18日に新規登録された機体で、八尾空港にNナンバーで飛来し、この時がJAナンバーでの初飛行だったと思います。
機体番号の付け方から崇城大学で使用される機体と思われ、熊本は地震が続いているので、熊本にいつ持って行くか悩んでいるでしょうね。 

バルカンエアP.68C-TC(JA203H)  所有者:ヒラタ学園  実質定置場:八尾空港   (2016年4月22日撮影)

川崎BK117C-1(JA6679)  使用者:愛媛県消防防災航空隊  定置場:松山空港  愛称:えひめ21   (2016年4月12日撮影)

尾翼の塗装はYS-11と同じです。

ロビンソンR44Ⅱ(JA779N)  所有者:エス・ジー・シー佐賀航空  定置場:佐賀県佐賀市   (2016年4月8日撮影)

この機体は2008年新規登録の古い機体ですが、コンテナに入れられて八尾空港に運ばれてきたとの話があるので、アメリカかどこかで整備か修理をしていたのかもわかりません。

富士ベル204B-2(JA9478)  所有者:中日本航空  定置場:名古屋空港   (2016年4月8日撮影)

後席の方がお手振りをしていただいたのですが、撮影のため手を振ることができずすみませんでした。

パイパーPA-46-310P(JA4010)  所有者:個人3名  定置場:ホンダエアポート   (2016年3月25日撮影)

アエロスパシアルAS355F2(JA6725)  所有者:朝日航洋  定置場:朝日川越ヘリポート   (2016年3月22日撮影)   機首部に何かの機器を装着しています。

セスナT206H(JA40KA)  所有者:共立航空撮影  定置場:仙台空港   (2016年3月22日撮影)

2014年12月15日に藕花のテラスで飛行機を眺めながらランチをいただいて最高の気分だったのですが、もうできないと思うとさびしく感じます。

この機体は沖縄で展示されるまで八尾空港を実質の定置場にしていたのかよく見た機体で、多くの写真を撮っていました。 (2006年10月25日撮影写真)

支柱は当時の物を使っています。


HAWKさんからは他の情報として、沖縄県名護市にある屋我地島にある喫茶店「藕花(ぐうげ)」で展示していたセスナ172P(JA4102)が撤去されたとのことです。

現在のJA9552号機  静岡県警察という文字が消されています。

富士山静岡空港ビジターセンターは2002年7月から2009年1月31日まで開館していたので、その間に撮影された写真と思われます。

KV-107ⅡA-4(51807)

同じく2004年4月18日に撮影した違う場所で展示していた当時の写真(同じく2度目の掲載です)。

UH-1B(41559)

同じく2003年10月19日に八尾駐屯地で撮影した同機。

2003年10月19日に八尾駐屯地で撮影した同機。

自衛隊車両の体験搭乗会場に置かれているため、隊員の了解を得て車両が動いていない時に素早く撮影させていただきました。

珍しくエンジンが見えるようにしていました。

私が信太山駐屯地祭に行った2004年はUH-1J・OH-6D・AH-1Sの3機種3機、2009年はUH-1JとOH-6Dの2機種2機の展示があったのですが、今年はUH-1Jが1機しか展示されておらず、飛来機はだんだんと減っていっているようです。
隊員に聞くと第3飛行隊は昨年度いっぱいでOH-6Dがなくなったそうで、UH-1Jのみの飛行隊となってしまいました。
全国の各飛行隊もUH-1Jだけの飛行隊になっていくでしょうから、OH-6Dが飛んでいたら今の内に撮影しておきましょう。
でもUH-1Jに不具合が出て飛行停止になったらどうするのでしょう? オスプレイの導入は必要でしょうが、それよりもOH-6Dの後継機の導入も必要なのではないでしょうか。

2009年5月17日に行われた霞ヶ浦駐屯地祭の時に撮影した航空学校霞ヶ浦校所属時の同機。

機首にはこのように書かれていました。

2012年5月27日に行われた北宇都宮駐屯地祭の時に撮影した同機。

2013年5月26日に行われた北宇都宮駐屯地祭の時に撮影した同機。

グランドで装備品展示をしていたので見に行きました。

男魂と書かれたカバンを売っていたので「だんこん」と書かれているのですかと聞くと、「おとこだましい」と読むそうです(笑)。

厚生センター前で音楽演奏をしていましたが、どこの音楽隊かわかりませんでした。

KV-107やUH-1B・OH-6Jを以前展示していた場所は「さざれ石憩いの広場」と命名されていました。

台座の位置やUH-1Bの展示位置からこの場所で間違いないでしょう。 奥の大きい長方形の台座(コンクリート)は戦車を展示していた位置でしょうね。

次はKV-107ⅡA-4(51807)が展示されていた場所ですが・・・  (2004年4月18日撮影)

間違いないようです。 この場所も古い隊員さんは装甲車を展示していたと言っており、もしかしたらヘリコプターを展示する前か後に装甲車も展示していたのかもわかりません。
後にある石碑はさざれ石で、信太山駐屯地に入場してすぐに来た場所でした。

UH-1B(41559)を展示していた場所のようです。(2004年4月18日撮影)

ホコリまみれです。 私の予想では3年は掃除していないでしょう。

厚生センターに行くと楯などを展示していましたが・・・

戦闘訓練展示を見ることができないので、バートルの撮影開始です。

ならばとバリアングルモニターのカメラではありませんが、両手を上げて一か八かの撮影をしてみました。

信管部   これが信管なのか信管を取り付ける部分なのかわかりませんでした。

楠木正成が馬に乗った像を展示していました。
私は古い日本史が学生時代興味があまりなくほとんど勉強していないのですが、記憶では戦国時代に北朝と南朝が戦って北朝が勝ち、現在の天皇家は北朝側の流れだと思うのですが、南朝側で戦った楠木正成の像が皇居にあると聞いていたので不思議に思っていました。
南朝側の後醍醐天皇は隠岐の島に島流しになったとも記憶しています。

お気に入りの模型はカタパルトに載った水上機で、このような模型はあまり見たことがないように思います。

残念ながら修史館は旧日本軍関係がほとんどで自衛隊関係は少なく、航空関係はほとんどありませんでした。

2015年9月19日に立川駐屯地で撮影した説明板。

エンジン出力だけ見てもバラバラだ~
立川駐屯地の説明板で最大速度と巡航速度が同じということはありえるの? 車ではありえないが、UH-1Hは最大出力でぶん回して早く飛んだ方が燃費はいいのかな?

2015年4月4日に新町駐屯地で撮影した説明板。

ラジオコールプレート

2005年5月14日に行われた霞ヶ浦駐屯地祭の時に撮影した同機。

2005年5月14日に行われた霞ヶ浦駐屯地祭の時に撮影した同機。

UH-1H(41682)

銘板

アンチトルクペダルと足置場

シャッタースピードが遅く手振れによるまともな写真ではない2002年4月14日に霞ヶ浦駐屯地で撮影した退役後保管されているOH-6D群ですが、前列が31151号機・31133号機・31149号機と確認がとれており、31148号機と近い番号なので後列に並べられているのではないかと思うのですが、機体番号の確認はできませんでした。

やっとヒコーキの登場です。

2レーンしかないプール   体を鍛えてもらうために、大きなプールを作ってあげてください。


ここまでヒコーキジャーナルでありながらヒコーキとまったく関係のないリポートをしてきましたが・・・

これは外来宿舎です。

レンジャー訓練隊の宿舎だそうです。

全国の基地・駐屯地を周っていると古い建物をよく見るのですが、特に陸上自衛隊の駐屯地に多く残っており、この建物も戦中の馬小屋跡だろうと隊員が言っていました。

私のいとこは君が代の歌詞がおかしいと飲んだ時に熱く語っていましたが、私は君が代の歌詞の内容をわからないまま今まで歌っており、今じっくり見ても詞の内容がわからずおかしいかどうかもわかりません
多少頭が悪い私のような人間の方がのんびり人生を楽しめそうです。

小牧基地のさざれ石

横にある石像

裏側説明板

精強

野砲兵第4連隊石碑

馬魂碑   軍馬の慰霊碑だと思います。

正門付近にある掲示板