インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第156号

http://www.hikojour.jp/

説明板  んっ!提供が新潟救難隊? どこか他の部隊の整備訓練用のエンジンを取り持ったのでしょうね。



今回の4日間の旅は撮影日づつ4号に分けてリポートすると前号で書きましたが、諸事情により今号はここで終えます。
次号以降にこの続きをリポートする予定ですが、編集途中に三沢航空祭に行きましたので、次号以降はどの内容から編集していくかこれから考えていきたいと思います。
さて次号はどの内容になるのか? 三沢航空祭の後も全国のイベントに行く予定があり、私でも今はわかりません。
皆様からどの内容をリポートしてほしいのかのご要望があれば考慮しますので、どしどしメールを下さい。
今年行っているのにまだリポートしていないイベントは、今回の続き・三沢・下総・北宇都宮・霞ヶ浦・岩国・入間・熊谷&新町だと思いますので、この中からからお選び下さい。 他にまだあったかな?(苦笑)

なおご要望に添えない場合もありますので、その時はご了承ください。

ゼネラルエレクトリックJ47-GE-27エンジン(F-86F搭載エンジン)

説明板

計器盤にラジオコールプレートはないようです。

新潟県警察のヘリコプターにはホイストは必需品でしょうが、警察航空隊の小型のベル206Bすべてに装備されているのかな?

ではこしかぜ1号はどの機体だったのか調べてみましたが、JA9141号機が抹消された1996年にはベル412(JA6711)とベル206L-4(JA6172)が登録されていますので、どのどちらの機体が1号機だったのかわかりませんでした。
しかし地方の警察航空隊が3機のヘリを運航していたことが不自然のように思うが、現在も3機体制なので、雪山遭難対策なのかな?

ベル206B(JA9141)  元新潟県警察航空隊所属機で、愛称はこしかぜ2号でした。

この機体は1963年9月14日に初飛行したMU-2Aの試作1号機です。

MU-2A(JA8620)  外観はニューヨーク世界博に出品のためにMU-2Bに改修されているとのこと。
なお、ニューヨーク世界博に実際に出品されたのか調べたところ、昭和40年度運輸白書に出品されて関係者の注目を浴びたと書かれているので、実際に出品展示されたのでしょう。

情報表示モニターですがすべて英語です。 速力は45.9Km/hで、なかなかの速さです。

コンセントも日本の物と違います。

インキャット社の製造年月や製造番号が刻まれたプレート

出航は約10分遅れで、車両の積み下ろしを素早くやったのでしょうね。

車両が出てきたのは出航予定時間5分前。

やっと接岸できましたが出航予定時間9分前で、今から車両や乗客を降ろさなければなりません。

岸壁では佐渡島のご当地グルメであるブリカツを宣伝するブリカツ君が、長い時間到着するフェリーの乗客に愛想を振りまいていましたがなかなか接岸せず・・・

水をおもいっきり吹きだしていますが接岸できず、この後もまた離れていきました。 当日は台風はあったが風が強いとは感じなかったのですが、多くのカーフェリーにあるサイドスラスターがないためではないかと思います。
このくらいの風で接岸できなければ欠航が多くなると思われ、青函航路で使われた同じインキャット社のナッチャンと同じように撤退となってしまうかもわかりませんね。

フェリーは今年の4月21日から運航を開始した最新鋭のウオータージェット船で、アメリカ軍が輸送用にチャーターしているウエストパック。エクスプレス号と同じオーストラリアのインキャット社製造で、最大速力30ノットの高速船です。
両津・新潟間より小木・直江津間の方が近いのに、料金が高いのでおかしいなとは思っていたのですが、やっと理由がわかりました。

人が見ているので岸壁の方に行くと、フェリーは見えるが岸壁に近づいたり離れたりの繰り返しで、話をしているのを聞くと30分くらいこのような事をしているとのこと。

フェリー出航前に小木港に到着できました。 が、船が接岸していません。

2013年9月23日に青森県で撮影したT-2B(69-5125)。

キャノピーの下にわかりにくいでしょうが、SERIAL NO.71-5250と描かれています。

キャノピーの枠に機体番号が書かれている場合があるのですが、この機体にはありませんでした。 が・・・

これは離着陸時や飛行時の何かの目印でしょうか?

私は全国の展示機を見て周っていますが、パイロットの人形を乗せた展示はあっただろうか? まあ珍しいです。

右に見えている建物が赤泊行政サービスセンターです。

操縦席には2名のパイロット(マネキン?)が搭乗しています。

F-1全機写真集という資料本がないので履歴はわかりませんが、私が記録していた資料では2002年までは第6飛行隊(築城基地)に所属していました。
なお以前はT-33A(51-5658)も展示していたが、撤去しスクラップになったとのこと。


次に行った場所は、佐渡分屯基地広報隊員より「もう1機佐渡島に展示していますよ」と見学申請時に教えていただいた場所です。

塗装がきれいなので聞いたところ、新潟救難隊の隊員が最近来て塗装しなおしたと言っていたと思います。 新潟救難隊が塗料を調達して塗装したのでしょうね。

1999年10月5日に築城基地で撮影した同機。

この機体の現役時代の写真は約18枚撮影しており、F-86・F-104・T-33などはほとんど撮影していませんが、世代的にF-1・T-2などは多くの機体を撮影しており、F-1で77機中64機、T-2は96機中77機撮影しています。
死ぬまでには全機写真集を作りたいと思いますので、撮影していない機体番号の現役時代の写真をお持ちの方は提供お願いします(って制作はいつになるのだろう)。

1999年11月7日に行われた築城航空祭の時に撮影した現役時代の同機。

F-1(00-8246)

佐渡分屯基地にはF-1が展示されており、正門のすぐ横でした。

説明板

今回の旅では、F-104Jの航続距離より長い距離を運転していました(笑)。 なお、金井町は2004年3月1日に佐渡市と合併して、自治体としての金井町はなくなりました。


次に行った場所はここです。

○ 航空自衛隊佐渡分屯基地

前脚扉銘板を撮影したところ、劣化していますがこの機体の製造番号である3073と刻まれているのを確認できましたので、この機体は46-8573号機でほぼ間違いないでしょう。

グリーンアロー出版社発行の航空自衛隊F-104J/DJ全機写真集によると、1964年3月13日に航空自衛隊に納入され新田原基地に配備、その後百里・小松に移動し、1974年頃から新田原基地の第204飛行隊に配備となり、1983年に用途廃止になり岐阜基地の第2補給廠で保管されていました。

F-104J(46-8573)

ここにカーナビで行くと金井総合運動公園の住所や電話番号では少し離れた場所に誘導されますので、少し手前のお墓の横に駐車場がありますので、そこに入って下さい。
って書いても、行く人はいないでしょうね(笑)。

これは佐渡島の両津港かな? まもなく忙しい1日が始まります。


両津港到着後まず行った場所は・・・。

航海訓練所の練習船で拡大しても船名がわからず、調べてみると日本丸のようです。

おっ! 背の高い船がいるぞ!

航空機撮影の練習のために撮影を試みましたが、スピードが速くオートフォーカスではピントが合わず、置きピンで試みましたがうまく撮影できませんでした。
一人旅での小さな楽しみでした。

乗客がかっぱえびせんを出すと、かもめが飛びついてきます。

2011年8月6日に関西空港から新千歳空港に向かう旅客機から撮影した新潟空港で、日本では少ないクロスランウエィがある飛行場です。
大雨の後なのか、川から土砂が海に流入しています。

新潟空港が見えました。  ANA機や大韓航空機が駐機しており、右に見える格納庫が航空自衛隊新潟救難隊の格納庫です。
新潟空港には行ったことがなくこの旅で訪れてみようと思っていたのですが、台風のために行くことができなくなりました。

佐渡島まではカーフェリーで2時間半かかり、ジェットフォイルでは1時間5分で行けるのですが、佐渡島内での便利さを考えカーフェリーにしました。
後ろのジェットフォイルの前面にはボーイングと書かれており、ボーイング社は船舶のジェットフォイルも製造しています。

見えているのは新潟港の佐渡汽船フェリー乗り場で、早朝6時出航です。

TOP

T-33A説明板  う~ん T-33Aの航続距離よりまだまだ今回の旅の自動車運転距離は長いです(笑)。


この機体を最後に佐渡島での撮影は終了で、予定では両津港に戻りフェリーで本土側に戻る予定だったのですが、小木港という所から出る早い出発時間のフェリーに間に合いそうなので、またもや急遽佐渡汽船予約センターに電話をし、小木港発のフェリーに変更できました。

○ 赤泊臨海運動公園

2000年10月22日に行われた築城航空祭の時に撮影した現役時代の同機。

航空自衛隊佐渡分屯基地正門

新潟県佐渡市にある金井総合運動公園です。

○ 金井総合運動公園

○ 粟津公園

ホテルの無料朝食は食べられず、船内でカツカレーの朝食です。

乗り込んだ交通機関は船舶で、佐渡島行きのカーフェリーです。

◎ 2015年北陸・甲信越・中部地方退役展示機撮影旅行 No.2

英検4級の私では、こんな簡単そうな英文の翻訳ができません。 「このエンジンを現役の航空機に使用するな」と雰囲気で私が翻訳しましたが、完全に間違いでしょうね(笑)。

自衛隊のOH-6と違って、座席は豪華ですね。

説明板

朝出航した新潟市に戻り、新潟県立自然科学館に行きました。
直江津と新潟市は遠く離れており、1時間30分ほど高速道路を走って到着しましたが、両津港からのフェリーの到着時刻とそんなに変わらず、高速料金とガソリンを無駄にし、疲れが溜まる航路選択でした。
まあ初めてウオータージェット船に乗れたのでよしとしましょうか。

直江津港に到着!  次に行った場所は・・・

○ 新潟県立自然科学館

さすがウオータージェット船です。 が、燃費はわるいでしょうね。
佐渡へ行くには以前は新潟空港から小さな旅客機で行けたのですが現在は運航を停止しており、佐渡空港の現在890mの滑走路を2000mに伸ばす計画があるそうです。
佐渡島は沖縄本島に次ぐ大きさの島でありますが、関西の人間は交通の便が悪いのでほとんど行かない地域であり、直行便が開設されれば訪れる関西人も増えると思われるので、早期の滑走路延伸が必要でしょうね。
なお私が前号で2度と行かないであろう地域と書きましたが、これは佐渡島をさしています。
だが展示機が増えればまた行きますので、佐渡分屯基地か佐渡市は新たな展示機を設置してくださいね(笑)。

右から2つ目のANTI-EXPOSURE SUITとは何かわからず案内所に聞きに行ったところ、緊急時に船員が着る服で、色々な装備が服に付いているとのこと。

オーストラリア製ということで日本製との違いが多々あり、右側の標識は火災報知器かなとわかるが、左側の標識は何なのかさっぱりわかりません。

座席は全席指定で喫煙室はなく、ヘビースモーカーの私としては失敗した航路選択でした。 そしてかもめにエサを与えるのも禁止で、楽しく船旅をする船ではなく、人と車両を運ぶ輸送船という感じでした。

あかね号の全体写真を撮影できなかったので、手振れですがポスター写真を掲載します。

こちらに来て、休憩しながら見ているだけになりました。

部隊マークは今は無き第22飛行隊で、第22飛行隊の部隊マークを付けた展示機はあったかな~? 第21飛行隊の部隊マークを付けたT-2は青森県で展示されています。

旧式のパイロットスーツを身に着け、ヘルメットに詳しくはないがこれも旧式かな?

T-33A(71-5250)

新潟県佐渡市赤泊にある公園で赤泊行政サービスセンターや赤泊プールの横にあり、今回赤泊臨海運動公園としましたが、ネットで調べてもこの公園も含めるのかわからず、赤泊公園や赤泊タコ公園と書かれたサイトもありました。

ただ今編集中ですが、このことについて赤泊行政サービスセンターに電話で聞いたところ、臨海部の埋め立て地全てを赤泊臨海運動公園というそうで、赤泊臨海運動公園で正解でした。
航空機の管理は佐渡市がしているそうで、撤去の予定は聞いていないとのことでした。

航空自衛隊の分屯基地訪問は2回目で、以前御前崎分屯基地に行ったことがあります。 大湊分屯基地にも見学申請をしたことがあるのですが、行く直前だったので断られたことがあります。
これからも日本各地の基地・駐屯地に見学申請をすると思いますので、自衛隊広報担当の皆様方ご協力よろしくお願いします。

前面風防は透明で劣化がありません。 素材が違うのかな?

部隊マークは退役時の第204飛行隊のものです。

私が写した数少ないF-104の写真を調べてみましたが、この機体は撮影していませんでした。

エンジンは装着されていません。

左横の撮影は近すぎて真横全体写真は撮影できず、斜めから超広角レンズにより撮影しました。

ご飯が佐渡島の形になっています。
最近のフェリーでは長距離にもかかわらずレストランがないフェリーがあるのに、短い時間の航路の佐渡汽船のフェリーにはメニューを多く取りそろえたレストランがあります。

事前の計画では前号でリポートした2015年8月24日の石川県での撮影では、改装された石川県立航空プラザや小松基地も撮影しようと思っていたのですが、台風2つの接近により急遽旅先での計画変更を行い、見学申請先やホテル・交通機関などに見学日の変更・キャンセル・予約などを行ない、24日は石川県の隣の富山県礪波市で宿泊の計画が新潟県新潟市での宿泊になり、当日は大阪から新潟までの走行となりました。
私が旅行に行く場合は危険をできるだけ避けるために夜間走行は行なわないように計画するのですが、新潟到着は夜遅くになってしまいました。
新潟市で宿泊後、2015年8月25日早朝にホテルを出発しました。

佐渡汽船のジェットフォイルがすれ違いました。 あちらはレストランがないでしょうしかもめと遊べないでしょうから、こちらで正解かな?