T-7が防府北基地へ帰る準備をしていました。

T-6G(72-0169)


次は航空参考館です。

新田原エアフェスタ2013 No.2では、前号のNo.1ではお伝えできなかったその他の展示物や新しく増えた展示機、及び新田原基地の資料館である新田原航空参考館の展示物、それと展示飛行風景などを紹介していきます。

まずはF-104のノーズコーン
たぶん横で展示しているF-104J(36-8538)のノーズコーンだと思われます。

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第117号

駅行きバスの列でも長いですが(右の列)、左側の臨時駐車場行きバスの列は5倍近く長かったと思います。


これで新田原航空祭のレポートを終わりますが、最後まで見ていただきありがとうございました。
翌日は宮崎・鹿児島県内の展示機も取材しているのですが、現在1月1日5時30分で7時過ぎには外出するので、たぶんお蔵入りとなるでしょう。
今号の編集中にわかったのですが、去年の新田原航空祭をヒコーキジャーナルに掲載していなかったようです。
自衛隊行事が少ない春までがお蔵入りしている取材内容を掲載するチャンスなのですが、さてどうなるか。
次号はたぶん那覇航空祭のレポートと思うので、その次の号から2013年のお蔵入りしている取材内容を掲載していきたいと思っているので、それまでお待ちください。
2013年は色々な場所に行きましたが全国にはまだまだ行っていない取材地があるので、2014年も頑張って取材していきたいと思っています。
2014年も閲覧よろしくお願いします。

帰還時は見学者を喜ばせる飛行で帰っていきました。

ロールスロイス 250-B17Fエンジン

ブルーインパルス

エプロンに戻ると展示機か招待者輸送用かわかりませんが、U-4とC-1が1機づつ増えていました。
U-4(05-3255)  第402飛行隊(入間基地)
C-1(98-1029)  第402飛行隊(入間基地)

女子トイレに並ぶ列
今年の新田原航空祭ではトイレが少ないように感じ、特に女性トイレ前には長い行列ができていました。
今年はオスプレイの展示などで見学者が多かったためかもわかりませんが、レンタルトイレを1つ借りるにしても相当な金額がかかるでしょうから、航空祭運営担当者は悩むところなのでしょうね。

新田原基地正門

新田原基地石碑(染雲)

新田原基地石碑(空挺歌碑)

新田原基地石碑(精鋭 栄光からイーグルへ そして永遠に)

自衛隊員も航空雑誌を読むのですね。  ヒコーキジャーナルも見てくださいね。

今は無き第202飛行隊看板
戦闘機部隊が1個飛行隊増えますが、第202飛行隊が復活するということはないのかな?

特にDF-6RCという標的は初めて見ました。
ウイキペディアで調べてみると、DF-6RCという標的はF-104DJのみ搭載可能で退役済み、A/A37U-15はF-4EJ・F-104J/DJ・F-1・T-2(後期型)に搭載可能で、こちらも2006年に退役済みとのことです。

右がダート標的(A/A37U-15)で、左が超音速標的(DF-6RC)
この2つの標的を私が2003年から写した写真で検索しても出てこないので、全国の基地資料館や航空祭でも展示はないのではないかと思われます。

T-34のプロペラ

写真をよく見るとJLAU-3/Aの説明板に超音速用と書かれており、RL-4の説明板に亜音速用と書かれています。
ランチャーの形状を見ればあきらかに説明板が入れかわっていることがわかると思うのですが、なぜ気づかないのでしょうか?
航空自衛隊隊員の方がヒコーキジャーナルを見ていたら、新田原基地広報担当の方に伝えてください。

ロケットランチャー(RL-4)

F-104用制動フック

20mmバルカン砲砲身(F-104・F-4・F-15の機関砲)

左側は第301飛行隊の部隊マーク

左からF-15タイヤ・F-4EJ改タイヤ・T-4タイヤ

F-104J操縦室

切断面はきれいに整形されています。

この写真は去年の航空祭時の航空参考館入口ですが、わかりにくいですが看板に「関係者以外立入禁止」と書かれています。(この写真だけ去年の写真から探しだしました)

F-4EJ改(57-8360)

あきらかに不自然な書体と大きさです。

F-104J(36-8535)

ステンシル2ヵ所が消され、日の丸の周りにくっきりとした白いふちが書かれています。(2010年12月19日撮影)
ステンシルは再塗装時に上から塗りつぶしてしまったのでしょうね。

F-86D-45(04-8187)

実を言うと、退役機展示場に来た時KV-107が新しく展示されたことはわかったのですが、このMU-2も新しく展示されたことはわからないまま撮影しており、KV-107より相当少ない枚数しか撮っていませんでした(と言っても16枚撮っていましたが)。
知ったのは、撮影後KV-107について聞こうと新田原救難隊の格納庫に戻り救難隊隊員に聞いた時でした。
救難隊隊員によるとこの機体もスクラップヤードで雨ざらしで今年まで保存していたとのことで、10月1日より展示を開始したそうです。

この機体も後輪(主輪)のみチョークをしています。

MU-2S(63-3228)
この機体は航空自衛隊MU-2の最終号機ではないのですが、最終号機の73-3229号機は新潟救難隊所属時の2005年4月14日に墜落しており、MU-2の全機退役時は最終号機でした。

全車輪設地面はコンクリートを打っているのですが固定はしておらず、左右の後輪はチョークを装着していますが・・・

この機体は新田原救難隊が最後の所属だったのではないのですが、展示のためにNYUTABARUと書き入れたと思われます。

この機体の現役時代最後の写真は、2003年12月14日に行われた那覇航空祭でした。

第301飛行隊庁舎

F-15DJ(82-8091)  飛行教導隊(新田原基地)

レポートの内容が支離滅裂な順番になっていますが、今号では基本的に撮影順に紹介していっているためなのでご了承ください。

飛行教導隊の機動飛行   F-15DJ(02-8072)  飛行教導隊(新田原基地)

同じく2006年12月10日に撮影した、スパロー4発・サイドワインダー4発の完全対空武装の同機。

2006年12月10日、那覇航空祭の時に撮影した同機。

新田原基地に新しいモニュメントが設置されました。

格納庫と格納庫の間に液化酸素タンク車が置かれていました。
隊員に聞くと、F-15とF-4は酸素の供給が必要だそうで、T-4は必要無いとのこと。 そういえばT-4には機上酸素発生装置(正式名称わからず)が搭載されていると聞いたことがあります。

F-4EJ改(57-8369)  第301飛行隊(新田原基地)

F-4EJ改(77-8398)  第301飛行隊(新田原基地)

新田原基地石碑(精鋭)

航空自衛隊那覇基地のど真ん中にある施設ですが、この制度によりこうなってしまうのでしょうね。

同じく陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地に今年配備されたアメリカのオシュコシュ社製の消防車
隣に駐車する日本製の消防車に比べると洗練されたデザインで格好いいですが、後々のことや使い勝手を考えれば日本製の方がいいと思うのですがね〜。

右ハンドルですが、オーストリアは右ハンドルなのかな?

このC-1の後ろで第1空挺団の隊員が落下傘を並べ、降下の手順などを確かめあっていました。

C-1(78-1026)  第403飛行隊(美保基地)
前号のヒコーキジャーナル第116号で展示機は全て掲載したと思っていたのですが、このC-1を掲載していないようなので掲載します。

エプロンの端にかく座機収容機材が置かれていました。

F-15DJ(02-8071・32-8080)  第23飛行隊(新田原基地)

F-15J(92-8912)  飛行教導隊(新田原基地)

F-15DJ(02-8072)  飛行教導隊(新田原基地)

F-15DJ(32-8083)  第23飛行隊(新田原基地)

F-15J(72-8892)  第23飛行隊(新田原基地)

F-15DJ(32-8084)  第23飛行隊(新田原基地)

F-4EJ改(57-8353)  第301飛行隊(新田原基地)

F-4EJ改(47-8330)  第301飛行隊(新田原基地)

F-4EJ改(87-8408)  第301飛行隊(新田原基地)

F-4EJ改が着陸してきました。 航過飛行は3機なので1機は予備機と思われます。

同機は2006年12月10に行われた新田原航空祭の時も第23飛行隊所属でコックピット見学に使われており、私が2010年に撮影した時も第23飛行隊所属なので、長く第23飛行隊に所属しています。

T-4(16-5672)  第23飛行隊(新田原基地)
T-4の展示飛行を私は撮影していないのですが、撮影していないだけで実際はあったのかもわかりません。

同機は2005年1月27日に小牧基地で撮影した時は航空総隊司令部飛行隊所属でした。

T-4(36-5695)  第301飛行隊(新田原基地)

T-4(46-5722)  飛行教導隊(新田原基地)

T-4(46-5721)  第23飛行隊(新田原基地)

T-4が着陸してきました。

これは2003年12月7日に行われた新田原航空祭の時に撮影した写真で、わかりにくいですが主傘のすぐ後ろにカバーがあることがわかります。

F-4EJ改ドラッグシュート
これを見ると、ドラッグシュートが入っているカバーは開いた時は機内に残るのではなく、ドラッグシュートと一緒に外に排出され主傘と補助傘(2つとも正式名称不明)の間で風圧に耐えているのですね。

F-15射出座席とF-4EJ改の射出座席

石川島播磨重工業から寄贈された日本手ぬぐいでしょうか。

F100-IHI-220Eエンジン・アフターバーナー部・ノズル部(F-15用)

J79-IHI-17エンジン・アフターバーナー部・ノズル部(F-4EJ改用)

レーダー誘導ミサイル(AIM-7F/M)

20mm機関砲装置(GAS)
先ほど紹介した20mm機関砲はF-4EJ改用で、これはF15用です。
搭載弾種は5種類と書いてあり、F-4EJ改用より1種類多いです。

リフト・トラック(BL-4A)

340kg爆弾

500ポンド爆弾

訓練弾用ディスペンサー(CBLS-200)と25ポンド訓練弾

20mm弾切断見本
普通弾と実弾の違いを聞いたところ、どちらかが当たると爆発して、もう一方は貫通するだけと言っていたと思います。

20mm機関砲弾の説明板に書いているのですが、左回りで回転しながら飛んでいくのですね。
昔アメリカのランス弾道ミサイルだと思う発射映像で回転しながら飛んでいくのをを見たことがあるのですが、パトリオットやスタンダードミサイルなども回転しながら飛ぶのかな?
空対空ミサイルの発射映像では回転せずに飛んでいたのを見たと思います。

標的を伸ばすまではこの状態です。(2012年9月23日、小松航空祭の時に撮影。)

機関砲標的装置(AGTS)

F-4EJ改(47-8330)  第301飛行隊(新田原基地)
他のF-4EJ改の離陸も撮影しているのですが、掲載に耐えられない写真ですので却下しました。

またもや急上昇!
100万円以上のレンズがあれば迫力ある写真をお届けできるのですが、現在は貧乏サラリーマンなのでこの写真が限界です。
今年の年末ジャンボ宝くじの1等が私に当たることを皆様も祈ってください(笑)。

F-15J(92-8912)  飛行教導隊(新田原基地)

F-15DJ(02-8072)  飛行教導隊(新田原基地)

離陸後アフターバーナーを使い急上昇

F-15DJ(82-8092)  飛行教導隊(新田原基地)

F-15J(22-8815)・F-15DJ(32-8083)  第23飛行隊(新田原基地)

F-15DJ(32-8084)・F-15J(72-8892)  第23飛行隊(新田原基地)

ファントム牽引車

各機の離陸が開始しました。(7時50分撮影)

新田原基地旧管制塔裏側   管制室へ上がる階段がシースルーになっています。

新田原基地旧管制塔入口の地面には樹木と航空機の絵が書かれています。

新田原基地旧管制塔

新田原基地には旧管制塔も残っています。

新田原基地管制塔入口

2008年9月7日に行われた三沢航空祭の時は第8飛行隊(三沢基地)所属でした。

この機体は2011年12月11日に行われた那覇航空祭の時は第204飛行隊(那覇基地)所属でした。(一番後ろの機体)

◎ 新田原エアフェスタ 2 0 1 3 No.2

F-2の帰還でした。

宮崎市内のホテルに帰ろうと思い振り返ると長い列ができていました。 私は駅に向かうバスに乗るのですが、並んでいる人に聞いてみると臨時駐車場に向かうバス待ちの列でした。
臨時駐車場を作っっていただいたことはいいことですが、シャトルバスの本数が少なかったようです。
バス待ちの皆様が見ているのは・・・

第五航空団司令部庁舎にあった昭和34年の基地正門写真

新田原基地石碑(緑樹洗心)

新田原基地石碑(F-104J栄光の栄誉と功績よ永遠なれ)

新田原基地石碑(第204飛行隊発祥の地)

ヒコーキジャーナル115号・116号で取り上げたT-34AとLM-1のプロペラについての私の推測通り、先端が角ばったプロペラがT-34のプロペラと紹介しています。
このプロペラは278-208-84という型式だと思うのですが、確証は得られていません。
プロペラに詳しい方やLM-1のプロペラ先端の形状がわかる写真をお持ちの方の情報提供をお待ちしていますので、どうぞよろしくお願いします。

T-33A(91-5406)垂直尾翼(右側は第202飛行隊の部隊マーク)

F-104レーダー(ナサールレーダー)

機体を動かせるように台車の上に乗せられています。

F-104J(36-8538)の前部胴体

入ったときは警察官らしき人が休憩していましたが見学者は私だけで、後で3人の見学者が入ってきました。
今までここに行くたびに立入禁止の看板や鍵がかかっていて入ることができないことばかりだったので、本当に嬉しかったです。
新田原基地広報担当の隊員様、来年からも解放お願いします。
あと、三沢・百里・入間・岐阜基地の広報担当の隊員様も航空祭当日の資料館開放をお願いします。

今年の航空参考館の入口ですが立入禁止の看板がなくなり、ヘビースモーカーである私のためか灰皿が設置されました(笑)。
なぜ今年は開放されたのかわかりませんが、私がヒコーキジャーナル上で航空自衛隊の資料館が航空祭当日は閉鎖されているところが多いと書いたのを新田原基地基地の幹部か広報担当者が見て開放していただいたのか、又はただ立入禁止の看板を出し忘れたかでしょうか。
館内は去年と同じく警察官らしき人が休憩していて警察官休憩所も兼ねているようだし、案内や警備をする自衛隊員がいなかったことから、看板を出し忘れた可能性が高いと思います。

新田原航空祭には10回近く行っていると思うのですがいつも立入禁止になっており、今までに航空参考館に1回しか入ったことがなかったのですが(記憶がないのですが少数の写真が残っているので、その年は開放していたのでしょう)、今年は立入禁止の看板がなかったので入ってみました。

F-86F-40(92-7916)

T-33A(91-5410)

2010年12月19日撮影

2013年12月1日撮影

2010年の時点と比べると大きな変化はないのですが・・・

航空自衛隊のMU-2は新田原基地以外は浜松広報館と喫茶飛行場しか残っていないと思われるので、これからも徹底した維持管理をしていただき、長く展示を続けていただくことをお願いします。


ここまで編集して今気づいたのですが、去年新田原航空祭に行った写真がアルバムソフトで機体を検索しても出てこないなと思い調べてみると、去年の新田原航空祭の写真の整理をしておらず、今号で以前の機体の写真を掲載してきましたが、去年撮ったいい写真があったかもわからないまま編集してしまいました。
今から(現在12月31日14時35分)去年の新田原航空祭の写真の整理をして、その後編集を再開すると元日に発行は絶対無理なので(1日は朝から家を空けるし、このまま編集を続けても無理かもわかりませんが)、去年の写真は無視して編集を続けたいと思います。


次は以前から展示していた機体を紹介していきます。

同じく2008年10月5日に撮影した同機。

この機体の現役時代最後の撮影は、2008年10月5日に行われた浜松航空祭でした。

同じく2003年12月14日、那覇航空祭の時に撮影した同機。

KV-107UA-5(04-4852)  航空自衛隊KV-107の最終号機です。

新田原基地退役機展示場
今年2機の展示機が増えていましたので、まずその2機についてレポートします。

第1空挺団による落下傘降下

F-2の機動飛行   F-2A(13-8561)  第6飛行隊(築城基地)

ボード裏側
寄贈者の名前が多く書かれていますが、これだけの人が創隊30周年の時に何を寄贈したのかな〜?

第301飛行隊創隊30周年記念ボード  10年前に作られたのでしょうね。

この機体の現役時代の姿をを最後に撮影したのは、2010年12月19日に行われた新田原航空祭でした。
着陸時に燃料が漏れているのがわかります。

平成25年(2013年)10月12日に設置されたことがわかります。

第301飛行隊総隊40周年記念モニュメント

説明板

第23飛行隊のF-15が機動飛行のために離陸しました。
私は飛行シーンを優先して撮影しておらず、基地内をうろうろしながら飛んでいるのに気づいたら撮影する程度なので、飛行シーンや離着陸写真はこのような写真ばかりで掲載する写真選びに苦労します。

飛行教導隊のF-15も帰ってきました。(実際は4機ですが、撮るタイミングが遅れ3機になっています)

F-15J(22-8815)  第23飛行隊(新田原基地)

第23飛行隊のF-15が帰ってきました。

F-4EJ改(97-8427)  第301飛行隊(新田原基地)

この機体は2010年12月19日に行われた新田原航空祭の時も飛行教導隊所属でした。

2004年10月25日、小牧基地で撮影した第21教育飛行隊所属時の同機。
この機体は2004年以来の撮影でした。

航過飛行の機体が進入してきました。(8時28分撮影)

新型水上標的(JAQ-1)

赤外線誘導ミサイル(AIM-9L)

赤外線誘導ミサイル(AAM-3)

空対艦誘導ミサイル(ASM-1)

70mm弾ロケットランチャー(JLAU-3/A)

20mm機関砲(AHS)
弾種は4種類と書いてあり、見本の内の4種類を使うようです。

20mm機関砲弾

機関砲標的装置(AGTS)

T-4(46-5722)  飛行教導隊(新田原基地)  んっ! T-4は垂直尾翼先端にライトがついているのかな?
T-4もあと2機撮影したのですが、これらも掲載に耐えられない写真ですので却下しました。

F-4EJ改(97-8427)  第301飛行隊(新田原基地)

新田原基地管制塔

T-2後期型(69-5127)

TOP

ロケットランチャー(JLAU-3/A)

こういう写真もありましたが、たぶんU-125A(92-3012)の最低速度がヘリコプターの最高速度より速いので、3機編隊の横を通過した写真だと思います。
新旧救難機4機が飛ぶ写真も珍しいのではないでしょうか。

この時は今では見ることができないMU-2(63-3228)・KV-107(74-4844)・UH-60J(48-4560)の3機編隊が見られ・・・

前輪にはチョークすらしていません。
救難隊の隊員に聞くとこの機体は、他の基地(浜松基地と言っていたと思います)から数年前に最終飛行で新田原基地まで飛行し、その後新田原基地のスクラップヤードで数年雨ざらしで保存していた機体で、今年の航空祭に間に合うように展示用に整備を開始し、11月18日から展示を開始したそうです。
現在は仮にここで展示していると言っていましたがコンクリートを打っているので、この場所で固定されると私は思います。


次はもう1機の初展示機です。

このライトが点滅するようになっており常時点灯させているのかを隊員に聞くと、航空祭などの行事の時だけ点灯させているとのこと。

新田原基地消防車(A-MB-2 パンター6×6)
今年配備された新車とのことで、まだ築城基地とここにしか配備されていないそうです。
オーストリア製で、日本製より半額程度の金額とのことですが、故障すると部品の入手に時間がかかるでしょうし、車体に大きな損傷でもしたらオーストリアまで送って修理するか運用不能になってしまうのではないでしょうか。
日本製の消防車が外車の倍の値段するというのが一番の問題ですけどね。

F-15DJ(82-8091)  飛行教導隊(新田原基地)
なお、F-15DJ(82-8092)の着陸シーンも撮っているのですが、他機のブラストで掲載に耐えられないので却下しました。

2006年8月27日に行われた松島航空祭の時は第11飛行隊(ブルーインパルスの飛行隊)所属でした(この部隊マークは貴重ですよ)。
この機体について自分の資料で調べてみると、2003年頃は第201飛行隊、2001年頃は北部支援飛行班、1997年頃は第304飛行隊と全国の部隊を転々としており、各部隊とも好ましい機体だと思っておらず転籍依頼をしているのかもわかりませんね(私の想像です)。

天候偵察の機体でしょうか 滑走路をパスしていきました。  T-4(06-5640)  第301飛行隊(新田原基地)

早朝7時16分の新田原基地風景です。
既に展示機は展示位置に配置されており、多くの見学者が入場していることがわかります。