完全な逆光のため露出補正が難しいです。

この扉内に発電機が残っており、エンジン自体に同着されているのではなく、機体側に装着されているのがわかります。

この機体は以前静岡県内にあった日本ランドに展示していた機体で、日本ランドは現在ぐりんぱという名称に変更されており、展示保存機総覧を見てぐりんぱにKM-2が残っているかもと思い電話で聞いてみると、現在展示機はないとのことなので、KM-2(6245)は撤去されたと思われます。

OH-6J(31053)

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第103号

このように後甲板にヘリが発着できるようになっており、日本のヘリ搭載護衛艦であるはるな型の見本となったのではないでしょうか。





今号であるヒコーキジャーナル第103号で航空自衛隊のT-6 1号機かもわからない機体を発見したので色々書きましたが、皆様のお考えをお寄せください。
52-0001号機の写真があれば真偽を探るのに役立つと思うのですが、ネットで探してみても写真はヒコーキ雲の航空歴史館T-6に掲載されている1枚だけで、その写真の1号機は風防を開けていたり一番後ろの部分を外されていたりしており、私では検証までできませんでした。
もしどなたか52-0001号機の写真を持っている方がおられましたら、提供よろろしくお願いします。
航空写真館に掲載されている52-0001号機の撮影場所は浜松基地であり、退役8ヶ月前の写真でもあり退役は浜松基地だった可能性が高く、浜松基地と富士市は近いので、その点も52-0001号機の可能性が高いと思います。
まもなくスクラップになるかもわかりませんので早く検証する必要があり、先ほどもお伝えしたように皆様のご意見をお待ちしております。

ホーカーハンターF58A(N322AX)  ATAC(Airborne Tactical Advantage Company)
撮影地:厚木基地  2013年1月30日撮影

ホーカーハンターF58A(N321AX)  ATAC(Airborne Tactical Advantage Company)
撮影地:厚木基地  2013年1月30日撮影

ホーカーハンターは関西では撮れないのでうらやましいです。

関西空港より厚木基地の方がAn-124の飛来は多いのではないでしょうか。

Polet Airlines An-124-100(RA-82068)    撮影地:厚木基地  2013年1月24日撮影

厚木基地にアメリカ海軍HSM-77のMH-60Rを4機輸送してきた翌日のお帰り写真です。

P-1(5504)  第51航空隊第511飛行隊(厚木基地)  撮影地:厚木基地  2013年3月29日撮影

今回は2機配備されましたが部隊マークから配備部隊は第51航空隊なので、まだ性能調査や乗組員の養成段階なのでしょう。

T-6F(52-0011)  2009年5月17日静浜基地で撮影
この機体もF型ですが、縦枠が少ないタイプです。

T-6F(52-0014)  2011年7月25日神戸電子機械で撮影
この機体もF型ですが、縦枠が多いタイプです。

T-6F(52-0010)  某所で撮影 この場所はヒコーキジャーナル第105号でレポート予定
F型ですが、縦枠が多いタイプです。

まず富士アセチレン工業の機体です。

エンジン整備用の扉の裏側の001と書かれているのです!
001といえばノースアメリカンT-6の1号機である52-0001号機ではないかと考え、この数字を見たときは心拍数が50は上がったのではないかと思います。
もしこの機体が52-0001号機であればとても貴重な機体であり、航空自衛隊が引き取りに来て整備し、いつの日か浜松広報館で展示されるべき機体ですので、富士アセチレン工業を引き揚げた後も興奮が下がらないままホテルに向かい、夕食時のビールがとてもおいしかったです。


が・・・  帰宅後JAPANESE MILITARY AIRCRAFT SERIALS 2007/2008 Final Editionという本を見てみると、T-6の型式はD型・F型・G型があり本に各型の機体側面図がかかれているのですが、52-0001号機の型式であるD型の機体側面図に描かれている風防枠が富士アセチレン工業の機体とは違うのです。
JAPANESE MILITARY AIRCRAFT SERIALS 2007/2008 Final EditionではD型とF型の風防枠は縦枠が多いタイプで、G型は少ないタイプで、富士アセチレン工業の機体は少ないタイプでした。
だがヒコーキ雲の航空歴史館T-6のところに書かれている機体側面図を見てみると、どの型も縦枠が多いタイプで書かれていました。
よって型式によって風防枠が決まっているということはなく、同じ型式でも風防枠が違う場合があるのではと思うようになりました。
これを私が写した写真で確認してみます。

ただの機首部の写真ですがよく見ると・・・

この機体は現在保管中ですが、老朽化のため沼津工場での展示を断念しここに持ち込まれたとのことですからスクラップ処分される可能性が高いです。
補修して展示してくださる方に渡っていただければいいのですが、無理かもわかりません。


さてこの機体の機体番号ですが、機首部の番号は銀色の塗装に変更していてわからず、尾翼に機体番号を書いているのですが尾翼がないのでわからず、機体銘板の位置もわからず、各部品の銘板も見てみましたがわからず、計器盤にあるラジオコールを見ようとしましたが風防が動かなかったのでわからず、どこかに何かヒントがないかもう1度機体を見ていくと・・・

主翼は少し離れた場所に置かれていました。

機体自体は長年の屋外展示のため劣化していますが、エンジンは外見上劣化は少ないようです。

右主脚収納部
左主脚柱が見えていますが、展示台に乗せやすいように改修しています。

右主翼付け根部
保管のために切断ではなく外しているので、再度展示できる状態にしています。

ノースアメリカンT-6(機体番号不明)

このような状態で保管中です。

忘れていたのでF-104Jの説明板をここで紹介します。


ハセガワでの撮影を終え、次に行った場所は・・・

T-3説明板

下部は曲線になっておらず平なのですね。

ラジオコールプレートに91-5514と書かれています。

前席に座わらさせていただきました。

前席のクッションは破れていませんでしたが、後席は破れていました。

前席に操縦桿固定装置なる物がありました。

後席の後ろには荷物棚があり、最大30ポンド(約14kg)の荷物を置けます。

後席計器盤

前席計器盤

このような位置関係で2機を展示しています。

銘板は左水平尾翼の下にあります。

この場所のレポートはヒコーキジャーナル第105号で紹介する予定です。 乞うご期待!

奥に駐機しているT-1B(25-5855)は現在某所で次の写真の状態になっています。

T-3の現役時代の写真はまあまあ撮っているのですが、91-5514号機は同じ日に同じアングルで撮った2枚しかありませんでした。
1996年7月28日に松島航空祭の時に撮影。

上に上がりました
この写真で35ミリ換算15.7mmですが、左側面の全体写真は撮れませんでした。

富士T-3(91-5514)

このように台の上で展示しています。

外からキャノピーを開けるのに使うレバー

索敵と書いてあり、この機体が防空の最前線で活躍していたことがわかります。

SERIAL NO.76-8706と刻印されており、これでこの機体は76-8706号機と確定しました。

ラジオコールプレートは手書きのようですが76-8706と書かれています。

シートに座わらさせていただきました。

布を巻いた棒はハセガワが準備した奥の方を掃除する道具でしょうか。

白いレバーはFLAPと書かれています。

F-104Jコックピット

作業台に上がらさせていただき撮影させていただきました。

AOAセンサー(自動ピッチ制御システム用センターベーン)

緊急着陸用フック

扉内に注意書きがありましたが、英検4級の私では翻訳できません。

後ろ側はこのようになっており、アルミの蓋を見ることができます。
この場所にJ79-IHI-11Aエンジンが装着されます。

吸気口が左右2つに分けられているのがわかります。

この扉からエンジン装着部を見ることができます。

これは何でしょう? 油圧関係の機器でしょうか?

反対側にある左側主脚収納扉の銘板は右側とは仕様がまったく違い、製造番号はわかりませんでした。
右側の銘板には三菱重工業と漢字で刻まれていますが、左側には漢字はまったくなくアルファベットと数字だけですのでアメリカ製と思われ、こういう扉はその機体固有の物ではなく、他の機体の物と整備の関係で普段から交換されていたのではないかと思われます。

この扉の前にある何か(突起物?)を保護するカバーに706と書かれています。

この扉は離着陸時に脚を出し入れする時だけ開く扉でしょう。

ここは20mm機関砲か砲弾を入れておくところなのでしょうか? でもこの機体は砲口が塞がれており、20mm機関砲を装備しない機体なので錘を入れていたのかな?

岐阜基地整備隊1996年8月30日と書かれており、展示保存機総覧に書かれている1986年4月18日に用途廃止後1996年まで岐阜基地の第2補給処で保管の後、日本ランドの展示機となったものと思われる。

排気口の蓋に何か書かれています。

キャノピー以外にいくつかのパネルも開けてくれています。

ウオッ! キャノピーまで開いている!
私が屋上に上がる時に外人さんとすれ違ったので、直前に外国のお客さんの見学があったのでキャノピーが開けられていたのでしょう。  ラッキー!

この社章に見覚えはありませんか? 皆さんが子供の頃に作ったプラモデルを製造しているハセガワです。
ここの本社に航空自衛隊を退役した航空機が2機も展示しているのです。


連絡を入れていた職員さんの案内で屋上に上げていただきました。

これではどうでしょうか? ナヌ!まだわからない

ここですが、この写真ではわからないでしょうね。

製造番号039と刻印されており、この機体は11-5539号機で間違いありません。

ビーチクラフト機の銘板はほとんど左水平尾翼下にあります。

同日に撮影した同機

同日に撮影した同機ですが、今はもう見ることができないT-3の7機編隊が上空を飛んでいます。

2005年5月15日静浜航空祭の時に撮影した同機(左側)

T-3(11-5539)  展示保存機総覧2008年の時点と著変なし。

航空自衛隊御前崎分屯基地です。

ここですが、どこかわからないでしょうし機種も小さくてわからないかな?

ペントハウスにはキャノピーがもう一つあり、聞くと予備として置いてある物で、これはアメリカ国防省からの貸与ではなく個人的にアメリカから(と言われていたと思います)仕入れたとのことでした。

キャノピー横にあるレバーを出して、後ろに引けばキャノピーは開きます。

シートにはこほようなパラシュートのような物があって座りにくかったですが、F-86Fのシートに座れてとても貴重な体験ができました。

左後部にキャノピーの銘板があるのを発見しました。
機体銘板を見ることはできませんでしたが、キャノピー銘板からも機体の特定ができるかもと思い、キャノピーを閉めれば銘板を写しやすいとは思ったのですが、何十年も雨ざらしの機体であり、閉めると永遠にここから出ることができないかもと思い、手を伸ばしキャノピーはそのままでキャノピー銘板を撮影しました。

ラジオコールプレートはなかったと思っていたのですが、帰宅後写真を拡大してみると、中心部上少し左にある赤い大きなランプの右下にRADIO CALL 2 7516と刻印されていました。
よってこの機体は62-7516号機でほぼ間違いないですが、確実な機体特定するには機体銘板を見るしかなく、ヒコーキ雲の佐伯さんが発見したF-86Fの銘板の位置であるシート左後ろを見たいのですが、シート左後部には何かの機器があるのと、シートとキャノピーに阻まれ見ることはできませんでした。
が・・・

ラダーペダル等

視界はこんな感じです。  照準器は外されているのかな?

開きました! F-86Fのキャノピーを開けるのは初めてであり、そんなに重たくなかったです。

院長先生が大きい脚立を持ってきてくださり、登って撮影していいとのことなので撮影させていただきました。
そしてキャノピーが開けばシートに座わっていいとのことなのでチャレンジすると・・・

この機体がここに来た時は通常塗装であったがブルーインパルス塗装に変更したそうで、だいたい3年に1回塗装しなおすそうです。

このように主翼先端は建物からはみだしています。

エキゾーストカバーに516と書かれています。

主脚

主脚収納部は鳥の巣対策で金網を設置していました。

これは前輪を右から写した写真ですが・・・

脚部にライトがなくこんなところにライトがあるので、F-86Fのランディングライトは着陸時前に出てくるのかもわかりません。

この建物が完成してすぐに展示したとのことで、重さの関係からエンジンは外してあり、建物の梁の部分に土台を置いているとのことでした。

このF-86Fは入間基地から持ってきた機体で、分解した機体をクレーンで上げ、中日本航空により組み立ててもらったそうです。

F-86F-40(62-7516)

F-86Fを展示しているのです。
事前に連絡を入れていた院長先生に案内していただき撮影をさせていただきました。

静岡県静岡市にある菅野医院分院です。

ここの屋上には・・・

ヒコーキ雲の展示保存機総覧2012年2月の時点と著変なし。

前からあった機体の著変なしを確認できたことはいいことですが、今回遠い場所まで来た目的の機体であるT-6(72-0131)の姿が付近にありませんでした。
来た道の反対側にも少し行ってみたのですがわかりませんでした。
2012年に行って撮影した関口さんがヒコーキジャーナル見ておられたらメールをよろしくお願いします。
また他の方でもT-6(72-0131)の展示場所を知っている方がおられましたらメールよろしくお願いします。


次に行った場所は・・・

F-104J(46-8594)
かっこいいですね〜 私も宝くじに当たれば自宅に展示してみたいです。

このようなのどかな山間部に置かれています。

約3年前の時点と著変なし。  (2009年8月20日撮影)

T-2B(79-5146)前部とF-86(D型かF型か不明)の主翼と思われる翼(コンテナ上右側に少し見えている)

エンジンも外されていました。


次は少し離れた所に置かれているT-2とF-86の主翼と思われる翼です。

銘板類もありませんでした。

以前からOH-6Jの再塗装はしていないように見えます。  (2009年8月20日撮影)

拡大して見てもシリアルナンバーを判読できませんでした。

この機体が81-5364号機か確かめるために、キャノピー左下やキャノピーに書かれている機体番号は書かれておらず、機内にあると思われる銘板やラジオコールプレートを見ることができないので、いつもの最後の手段として前脚扉の銘板を撮影してみましたが・・・

塗装色が違う理由は何なのでしょうね?

以前訪れた時は塗装中でした。  (2009年8月20日撮影)

この写真を見ると尾翼部分の塗装と胴体部分の塗装の色が違っており、元が沖縄配備塗装で後で通常塗装にして尾翼部分が剥げてきたのか、あるいは元は通常塗装だったのを沖縄塗装に変更しようとしたが尾翼部分だけで終わったのかもわかりません。

回転部の構造はこのようになっています。

2009年8月20日に撮影した写真ですが、背景が違うようなので回転するようになっているようです。

T-33A(81-5364)

前号に引き続き、今号は2013年3月15日に行った場所をレポートします。
今回の旅は愛知・静岡県展示保存巡りの旅ですが、ヒコーキ雲で山梨県南巨摩郡身延町の某氏宅に新しく展示機が増えたと以前報じていたので、約3年ぶりに訪れてみました。

T-6D(52-0002)  2009年9月27日芦屋基地で撮影
T-6のD型で、縦枠が多いタイプです。

TOP

私がフランス海軍のジャンヌダルクが好きだということを伝えると、ジャンヌダルクの写真を送っていただきました。ジャンヌダルクはフランス海軍のヘリ空母で、1964年就役し、2010年に退役しました。
私の記憶ではよく日本に来航していた艦船で、アメリカ艦以外の外国艦では一番好きな艦船でした。
1974年2月17日東京の晴海埠頭で撮影

P-1(5503・5504)  第51航空隊第511飛行隊(厚木基地)  撮影地:厚木基地  2013年3月29日撮影

2機が一つのフレームにおさまったのは一瞬しかなかったそうです。 

P-1(5503)  第51航空隊第511飛行隊(厚木基地)  撮影地:厚木基地  2013年3月29日撮影

新型哨戒機である川崎重工業が開発したP-1哨戒機が2013年3月29日海上自衛隊厚木基地に配備されました。
エンジンも国産で、2013年度末には7機配備されるとのこと。
P-1の配備が加速していくと当然P-3Cの退役も加速していくと思われるので、今の内にP-3を撮っておきましょうね。

◎ 日 本 の 空

提供していただいた写真を皆様に紹介するコーナーを作ってみました。
皆様から送っていただいた写真を掲載しますので、これはと思う写真があれば提供お願いします。
PAPPYさんから何度も提供していただいていたのですが、編集する時間がなく掲載できなかった写真を皆様にお送りいたします。



エンジン整備用の扉の裏側の001と書かれていることで私なりに色々書いてみましたが、的外れなことを書いているかもわかりませんのでその場合ははお許しください。
しかし私は貴重なT-6の1号機の可能性はあると思っているので、航空自衛隊の隊員の方でヒコーキジャーナルを見ている方がおれば浜松広報館に伝えてください。
浜松広報館がT-6の1号機にまったく興味がなければそれはそれでしかたないですが、1号機だったら保存したいという気持ちがあればスクラップになる前に調査してください。
どうにか風防を開けてラジオコールプレートがあれば一発で判明すると思います。
自衛隊創成期のパイロットを養成したT-6の貴重な1号機かもわかりませんので、どうかよろしくお願いします。


2013年3月15日は富士アセチレン工業での撮影を終えホテルに向かいました。
16日分は次号でお送りいたします。

T-6G(52-0101)  2012年7月29るり渓温泉で撮影
この機体もT-6のG型ですが縦枠が多いいタイプです。
私が写したT-6のG型を調べるとほとんどが少ないタイプですが、この機体だけ多いタイプです。

このように型式と風防枠の多さ少なさは例外もあるというのがわかりました。
これで富士アセチレン工業の機体が52-0001号機の可能性もありますが、この機体は風防枠の一番後ろの部分に枠が無いADFを機内に装備するタイプですが、ヒコーキ雲の航空歴史館T-6のD型写真を見るとADFを機内に装備するタイプは無いように思えるので、この点も考える必要があるでしょう。

製造番号014と刻印されており、この機体は91-5514号機で間違いありません。
このように毎度銘板を探して撮影しなくてもいいように、自衛隊は退役展示機の胴体や垂直尾翼に書かれている機体番号を書き換えるのをこれからはやめていただきたいです。 特に航空自衛隊さんよろしくお願いします。

ロッキードF-104J(76-8706)

院長先生は零戦愛好会会長もしており、撃墜王の故坂井三郎氏と親しかったそうです。
私は坂井三郎氏が大好きでありもっと話を伺いたかったのですが、これからの訪問先の見学時間が決まっているのでやむなく引き揚げました。
またいつの日か訪れて院長先生に慰霊碑や坂井三郎氏のことについてお伺いしたいと思いました。
お忙しい中見学させていただきありがとうございました。


次に行った場所は・・・

通常の状態はこのようになっています。  奈良基地のF-86F(62-7527)除雨ノズル(2012年5月26日撮影)

SER.NO 267 3490と刻印されており、62-7516号機の製造番号ではなく機体特定の資料にはなりませんでした。

シートに座りました。  F-86Fのシートに座るのは初めてであり、おっさんになっても心はウキウキするものです。

スピードブレーキ


院長先生より、「ペントハウスの上に上がると俯瞰撮影できますよ」と言ってくださり、上がって撮影させていただきました。

ホイール軸部にカヤバ工業と書かれています。
この62-7516号機は供与機でノースアメリカンが製造した機体なので、ホイール交換時に日本製のホイールに交換されたと思われます。

総隊司令部飛行隊のインテークカバーが装着されていることと入間基地から搬送されたとの情報から、この機体は退役時は総隊司令部飛行隊所属だった可能性が高いでしょう。

計器盤や操縦装置は撤去されています。

この写真を見ると以前から尾翼だけ色が違うようです。  (2009年8月20日撮影)

この2機は以前行った状態と著変はないようです。

◎ 愛知・静岡県展示保存機巡りの旅 No.2

T-6G(52-0041)  2009年8月21日本航空学園山梨キャンパスで撮影
T-6のG型ですが縦枠が少ないタイプです。

案内してくださった従業員の方によると、その方が入社した昭和53年(1978年)の時点にはこの機体はあったとのことで、最初は富士市内の本社の屋上で展示していて、次に沼津工場で展示し、今は老朽化のため富士工場で保管中とのことでした
展示保存機総覧2003年の写真では屋上に展示していないので、いつかかりませんが下に降ろしたのでしょう。
機体後部はどうなったのかを聞いたところ、「機体後部は行方不明」との表現を使っていましたが、展示保存機総覧に掲載している本社に展示中の2003年の時点で機体後部は無いようなので、屋上で展示していた時は後部もあったかもわかりませんが、下に降ろした時の展示ではなかったようですね。

富士アセチレン工業富士工場です。
ヒコーキ雲の展示保存機総覧では沼津工場でT-6が展示中となっていますが、老朽化のため現在富士工場で保管中です。

この銃弾の形のような物は何でしょうか? キャノピーを閉めるとキャノピー側の凹部と接続されてキャノピーのくもり止め装置にでも電流が流れるようになっているのかな?


次は下に降りてT-3の見学です。

三菱重工業機体銘板を発見!

射出座席

この扉の銘板製造番号は3197と刻まれており、この76−8706号機の製造番号は3206であり、3197は76-8697号機ですので交換されたのかもわかりませんし、もしかしたらこの機体は76-8697号機の可能性もあります。

キャノピーに76-8706と書かれています。

T-3説明板


次に行った場所は・・・

除雨ノズルは塗料によりふさがれていました。

垂直尾翼左側にあるポールの先にあるのが日米戦災犠牲者の慰霊碑がある賤機山と思われます。

院長先生は、毎年このF-86Fの正面にある賤機山(しずはたやま)の山頂にある日米戦災犠牲者の慰霊碑の前で行っている日米合同慰霊祭の主催者で、このことが縁となってアメリカ国務省ヘーグ長官及びマンスフィールド駐日大使(共に当時の役職)の理解を得てここで保管できるようになったもので、航空自衛隊を退役後アメリカへ返却されることになっていた同機がアメリカから貸与されました。
よってこの機体は全国で展示されているF-86Fとは違い、自衛隊から貸与された機体ではなくアメリカからの貸与のため、毎年の書類報告などはないそうです。